酸素安定同位体比を用いて標準年輪曲線の構築し,目に見える年輪のない熱帯樹木の年輪を検出し成長履歴を解明することを目的に,季節熱帯の東北タイと湿潤熱帯の半島マレーシアにて研究を行った.標準年輪曲線の構築の前段階として(1)年輪のある樹木を用いた酸素安定同位体比の個体内・個体間・樹種間の同調性(2)年輪のない樹木を用いた直流高電圧パルスマーキングと酸素安定同位体比を組み合わせた年輪検出手法の適用性(3)樹木内の酸素安定同位体比の決定要因,の3点を検討した. (1)まず試料の前処理方法の検討を行い,年輪検出が目的の場合はセルロース抽出を省略可能であるという結果を得た.続いて,タイのTeak(3個体)とマレーシアのSungkai(1個体2方向)について,木材試料を外側から等間隔で切り分けて酸素安定同位体比を測定した.Teakでは同位体比の周期と年輪とは対応しており,年輪検出が可能であると考えられた.一方,Sungkaiでは個体内での同調性は高かったが周期と年輪とは対応しておらず,酸素安定同位体比のみでの年輪検出は難しいと考えられた. (2)両調査地の試料について,薄壁の木繊維をはじめとする形成層マーキングの結果できた組織・細胞が見られ,一定期間の肥大成長量を推定することができた.マーキングへの応答の種類は樹種によって異なった.応答の程度はマーキング時の形成層活動の状態に左右されると考えられた. (3)タイでは2015年から,マレーシアでは2016年から2週間おきに採取した降水試料の酸素安定同位体比を測定した.タイでは3年間を通して乾季から雨期にかけて約10‰の減少が見られた.一方,マレーシアでは3月から10月にかけて減少が見られたが減少幅は2年間で異なった.これらの周年変化の傾向が,木材中の酸素安定同位体比の値の変化周期と年輪との一致・不一致の要因のひとつだと考えられた.
|