本年度は無撚CNT糸の強度発現機構の解明に焦点を当てて研究を行った.CNT糸の機械的特性に及ぼすCNT単体の強度の影響をするため,単体の引張試験を行った.SEM中でCNT一本の両端を固定し,引張速度15 nm/sで試験を行った.未処理のCNTの公称引張強度は8.97 GPa,黒鉛化CNTは6.20 GPaであり,黒鉛化処理によって単体の強度は約30%低下した.一方,無撚CNT糸は黒鉛化処理によって強度が35%増大しており,単体とその集合体であるCNT糸では黒鉛化処理が強度に及ぼす影響が全く逆の傾向を示すことが明らかとなった.したがって,黒鉛化処理による糸の機械的特性の向上の主要因はCNT単体の機械的特性の変化ではないことが示唆された.糸の破断面に着目すると,黒鉛化処理によって破断形態はCNT束の引抜けから束の破断へと遷移することが明らかとなった.引き抜けが抑制されていることから,CNT間の不純物の焼失やCNT間距離の減少に伴うCNT間相互作用力の増大が糸のマクロな強度の増加につながったと考えられる. CNT間相互作用力の評価を目的として分子動力学を用いてCNT糸の引張シミュレーションを行った.無撚CNT糸を構成するCNTは糸断面に対して直交配列していると仮定し,CNT間にポリマー分子を配置することでCNT/ポリマー複合糸のモデルを作成した.分子モデルにおいてCNT一本を引き抜き,その際の界面せん断強度を算出した.ポリビニルアルコール(PVA)やポリアクリル酸(PAA)を用いた場合,界面せん断強度が高く,CNTの引抜きにより大きな力を要する結果となった.これらのポリマーは側鎖に水素結合を形成しうる官能基を有しており,ファンデルワールス力などの分子間力に加えてCNTとの間の水素結合によってCNT間の荷重伝達を生じていることが示唆された.
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