本年度はナノポーラス金の抗菌機構解明に向けて、ナノポーラス金がATP合成酵素に及ぼす影響について調査した。ATP合成酵素は生体のエネルギー源であるATPを合成する酵素であり、細菌が生きていく上で重要な役割を担う膜タンパク質である。これまでの研究から、ナノポーラス金の高い抗菌性はナノポーラス金が最近細胞壁を負に過分極させていることに起因することが分かった。また昨年度の研究から負に過分極させた細菌細胞壁がイオンチャネルに影響を及ぼすことが分かった。そこで本年度は、負に過分極した細胞壁がATP合成酵素に及ぼす影響について分子動力学計算を用いて調査した。 負に過分極した細菌細胞壁をATP合成酵素に接触させ、分子動力学計算による100nsの安定化計算を行った。計算ではATP合成酵素の膜貫通部分であるc-ringを用いた。計算の結果、負に過分極した細菌細胞壁を接触させたATP合成酵素では何も接触させない場合に比べc-ringでのプロトンの結合エネルギーが上昇していた。ATP合成酵素はc-ringでのプロトンの結合を駆動力としてATPを合成するため、結合エネルギーの上昇はATPの合成を困難にすると考えられる。結合エネルギー上昇の原因を調べるためc-ringの静電ポテンシャルを計算した。その結果、負に過分極した細胞壁を接触させたc-ringのプロトン結合部位の静電ポテンシャルはマイナスに大きな値を取った。このマイナスの静電ポテンシャルがプロトンを引き付け、結合エネルギーを高めたと考えられる。
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