研究課題/領域番号 |
16J11542
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
山本 薫 東京大学, 大学院理学系研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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キーワード | メゾスコピック系 / 熱電素子 / 熱機関 / 量子輸送 |
研究実績の概要 |
高効率な熱電素子は多様な産業で大きな需要がある。しかし長年の研究にも関わらず、マクロな熱電素子の効率は高くなっていない。最近、熱電素子の効率をあげる手段として、磁場などによって時間反転対称性が破れると、熱電素子の効率が高くなるということが主張された。しかし、磁場で時間反転対称性を破っても、系に弾性散乱しか存在しない場合には散乱行列のユニタリティーによる強い制限がかかり、効率はそこまで高くならない。 我々は加工性の高いメゾスコピック系で系に非弾性散乱を導入し、高効率の熱電素子の作成を目的とした。そのために、比較的取り扱いが簡単だと思われる、電子-フォノン相互作用を非弾性散乱として用いるというアイディアのもとで、Aharonov-Bohmリング(ABリング)上の量子ドットにおいて電子-フォノン相互作用があるメゾスコピック系の理論モデルを考えた。このモデルでは、ABリングによって磁場を、電子フォノン相互作用によって非弾性散乱を導入することで時間反転対称性が破れ、高い熱電効率が期待できる。 我々の研究の主要な結果は2つある。まず、最大パワー時の最大効率を計算すると、電子フォノン相互作用の存在が熱効率を劇的に高くすることを発見した。時間反転対称性が守られているときの効率上限として知られるCurzon-Ahlbohn効率(カルノー効率の半分)や、弾性散乱のときの上限も上回る。また、3つの熱浴のときのエントロピー生成の正値性により、有限パワーでカルノー効率が禁止されることを発見した。この禁止機構は複数の熱浴を持つ熱電素子に適用することができ、電子-フォノン散乱以外の非弾性散乱があるモデルにも適用できるという意味で、非常に一般的なバウンド機構であると期待する。 本研究結果は、メゾスコピック系の高効率熱電素子を作成する一つの指針となると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画時の予想「系の時間反転対称性が破れると、線形でもCA効率は破れる。非線形領域ではさらに効率が上がる」について、線形応答でのCurzon-Ahlbohn効率の破れを実際に確認するのみならず、エントロピー生成における効率の普遍的な上限を導出するという、計画時には予想していなかった結果を得ることができた。この普遍的な上限は他のモデルにも適用できる一般的な上限であると期待している。我々は本研究結果を様々な国内または国際会議で発表し、その周知に努めた。また、この研究を通じてベングリオン大学(イスラエル)のOra Entin-Wohlman氏とAmnon Aharony氏との共同研究体制を築くことができ、現在は研究結果の非線形領域への拡張や、空間反転対称性の破れとCurzon-Ahlbohn効率の非線形での破れの関係、また、他の話題についても研究が進んでいる。 以上の点から、概ね順調に計画は進んでいると言える。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画立案時と変わらず、高効率の熱電素子の理論的提案をする方向で今後の研究を進めていく。空間反転対称性の破れとCurzon-Ahlbohn効率の非線形での破れの関係や、時間反転対称性の破れの非線形領域部分に関しては共同研究者のOra Entin-Wohlman氏とAmnon Aharony氏と議論が進んでいる。さらに、研究計画には記載していなかったアンダーソン局在を利用した熱電素子に関しても現在推進している。 今年度の研究結果で明らかにした効率の上限の機構の一般性についても研究を行っている。特に、弾性散乱時で熱浴の数が無限大になったとき、これまでは数値的に提案された上限によって有限パワーでカルノー効率が禁止されていたが、我々の手法を用いるとそれを解析的に示すことができるのではないかと期待している。 このように、研究計画時に立てた予想の証明に留まらず、様々な観点から高効率の熱電素子を探求する方向で研究を推進する予定である。 また、国際会議に多数参加したことにより、海外の研究者とも有益な交流ができた。研究計画にあるように、今後も海外の研究者との共同研究を推し進めていきたいと考えている。
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