研究課題/領域番号 |
16J40090
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
岡田 佳奈 広島大学, 医歯薬保健学研究院(医), 特別研究員(RPD)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 神経回路網 |
研究実績の概要 |
本研究は、空間記憶表象の適切な制御において認知柔軟性に係る神経機構がどのような役割を果たしているのかを明らかにすることを目的としている。そのため、(1) 海馬や前頭前皮質、線条体、視床が形成する神経ネットワークが空間学習課題における認知柔軟性の機能をどのように果たしているのか、(2) 空間表象の形成とその変更がなされる際に、どの領域間において、どのような神経生理学的、あるいは遺伝子発現上のメカニズムが働いているのか、(3)空間記憶に関する脳内表象がどのように外界の変化に合わせて形を変えたり、変化を抑制されたりするのかを、その動的な認知過程を支える心的メカニズムと神経ネットワークの働きの関連に注目して明らかにする必要がある。 今年度の研究ではイムノトキシン細胞標的法を用いて、視床髄板内核から投射を受けるラットの背内側線条体コリン作動性介在神経細胞を選択的に損傷し、迷路おける空間学習及びその逆転学習、消去学習における、学習成績とエラーの性質を検討した。更に、場所細胞活動の柔軟性や空間学習自体の亢進に関係していることが報告されている電位依存性チャネルであるHCN1チャネルに注目し、HCN1ノックアウトマウスを用いて物体探索課題を行った。結果、背内側線条体コリン作動性介在神経細胞損傷ラットに関して、短期、中期、長期の試行間間隔それぞれにおいて、異なる様相の逆転学習及び消去学習の遂行結果を得られた。このことは認知柔軟性が関わる空間学習変更過程において、3段階の時間的に異なる過程が進行しており、その3段階に関して視床-線条体間の神経ネットワークに関わるコリン作動系がそれぞれ異なる方向性で関与している可能性を示すものである。また、HCN1チャネルが空間記憶に関与する証拠は見出されなかったものの、短期の順序再認記憶と長期の物体再認記憶に関与することが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の研究では、空間表象制御を行う認知柔軟性に係る神経機構の詳細を明らかにするため、イムノトキシン細胞標的法によってラットの背内側線条体コリン作動性介在神経細胞を選択的に損傷し、短い試行間間隔と中間の試行間間隔の訓練スケジュールを用いて、十字迷路における空間学習及びその逆転学習、消去学習における、学習成績とエラーの性質を検討した。認知柔軟性の調節の方向性に関しては議論が分かれており、研究者によって、当該コリン作動性介在神経細胞が空間逆転学習の遂行を促進しているとしているものと、逆に空間記憶の逆転学習や消去学習の遂行を抑制していると主張しているものがあるのだが、我々は、この不一致の原因のひとつに、試行間間隔の長さの違いがあると考えたためである。実験の結果は、我々の以前行った長い試行間間隔の実験結果と考え合わせると、認知柔軟性が関わる空間学習変更過程において、3段階の時間的に異なる過程が進行しており、その3段階に関して視床-線条体間の神経ネットワークに関わるコリン作動系がそれぞれ異なる方向性で関与していることを示唆するものであった。更に、場所細胞活動の柔軟性や空間学習自体の亢進に関係していることが報告されているHCN1チャネルに注目し、HCN1ノックアウトマウスを用いて物体探索課題を行った。この課題では、3min, 3h, 24hの遅延時間を置いた後、空間認識テスト、順序認識テスト、および新奇性認識テストを行った。HCN1チャネルが空間記憶に関与する証拠は見出されなかったものの、短期の順序再認記憶と長期の物体再認記憶に関与することが示された。現在、十字迷路遂行中のラットや物体探索課題遂行中のマウスにおける標的部位のユニット記録を計測するシステムを構築しつつある。従って、現在のところ概ね計画通りに研究が進行しているものと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
来年度に関しては、十字迷路での逆転学習及び消去学習の遂行に伴う3段階の空間記憶変更の柔軟性に関して標的の神経回路がどのように関与しているのかを詳細に検討し、更にHCN1チャネルが物体の空間、順序および新奇性の再認において再認までの時間間隔に応じてどのような役割を果たしているかを検討する。 まず、背内側線条体コリン作動性介在神経細胞を選択的に損傷したラットと正常ラットの視床髄板内核や前頭前野、海馬、線条体の神経活動が十字迷路での動物の行動に伴って変化するのかをユニット記録等を用いて検討する。先行研究において認知柔軟性の調節の方向性に関して議論が分かれている原因として試行間間隔を最も大きな候補として考えているが、損傷による補償効果や線条体内のまた知られていない機能局在、他領域の機能亢進などの可能性にも留意して研究を進める。 また、HCN1ノックアウトマウスの物体探索課題において、物体への馴化中や空間認識テスト、順序認識テスト、新奇性認識テスト中の標的領域の神経活動がどの様かであるかを空間表象の変容と関連付けて検討する。先行研究ではHCN1ノックアウトマウスが空間記憶亢進を示していたにもかかわらず、本課題の空間再認テストではノックアウトマウスに空間記憶能力の亢進が見られなかった件に関しても、課題の改良の可能性を含めて、原因の確定を求めていく。 現在、十字迷路遂行中のラットや物体探索課題遂行中のマウスにおける標的部位のユニット記録を計測するシステムを構築しつつある他、電極埋め込み位置に関しても検討を進めており、これらの検討完了後に上述のような電気生理学的な検討を伴う行動実験を行う予定である。
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