本研究は、空間記憶表象の適切な制御において認知柔軟性に係る神経機構がどのような役割を果たしているのかを明らかにすることを目的としていた。そのため、(1) 海馬や前頭前皮質、線条体、視床が形成する神経ネットワークが空間学習課題における認知柔軟性の機能をどのように果たしているのか、(2) 空間表象の形成とその変更がなされる際に、どの領域間において、どのような神経生理学的、あるいは遺伝子発現上のメカニズムが働いているのか、(3)空間記憶に関する脳内表象がどのように外界の変化に合わせて形を変えたり、変化を抑制されたりするのかを、その動的な認知過程を支える心的メカニズムと神経ネットワークの働きの関連に注目して明らかにする必要がある。 先行研究により、既にラットの背内側線条体コリン作動性介在神経細胞が空間記憶における逆転学習や消去学習に関与していることが示唆されてきたが、この時の認知柔軟性の調節の方向性に関しては議論が分かれている。そこで本研究ではイムノトキシン細胞標的法や薬理学的手法を用いて、試行間間隔の長さに依存して、背内側線条体コリン作動性介在神経細胞の空間学習柔軟性の制御の方向が抑制あるいは促進という形でに変化することを見出した。また、RNAスライシングによる実験と同様に、薬理学的手法においても、長い試行間間隔における背内側線条体コリン作動性介在神経細胞の空間学習柔軟性が線条体間接路ではなく直接路を介して出力されている可能性が示唆された。加えて、空間逆転学習遂行中のラットの線条体、前頭前野、海馬、視床領域の局所フィールド電位などを解析したところ、線条体と関連領域の神経活動にも違いがあり、特に前頭前野において特徴的な神経活動が見られるという結果を得た。
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