研究課題/領域番号 |
16J40093
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研究機関 | 東京女子医科大学 |
研究代表者 |
仁木 千晴 東京女子医科大学, 医学部, 特別研究員(RPD)
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研究期間 (年度) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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キーワード | 前頭葉 / 機能可塑性 / 遂行機能 / 高次脳機能 / 脳損傷 |
研究実績の概要 |
本年度、67例の前頭葉を中心とした脳腫瘍患者を対象として認知・行動データを収集した。その内、左半球脳腫瘍患者25例、右半球脳腫瘍患者24例計49例の認知・行動データならびに脳画像データを解析し、以下の成果を得た。 1. 脳腫瘍摘出による認知機能の術前から術後1・6ヶ月迄の経時的な変化を解明: 言語性記憶、精神運動速度、抑制機能等、7の認知カテゴリーを網羅した認知課題バッテリーを開発し、脳腫瘍の摘出前、術後1・6ヶ月後計3回を同一の患者に施行し成績を解析した。その結果、左半球脳腫瘍患者群25例において、術後6ヶ月後でも言語性記憶、精神運動速度、即時記憶、言語の流暢性の成績が有意に低下している一方、抑制機能と課題の切替機能は回復することを明らかにした(p<.05)。 2. 高次脳機能の可塑性に関与する脳部位の解明:認知機能の術前後の変化に関連する脳部位をVoxel-based lesion-symptom mappingを用いて解析を行った。その結果、左中側頭葉の腫瘍摘出により術後1ヶ月後、言語性記憶と流暢性の成績が低下したが半年後には回復し、高次な脳機能の可塑性を示唆する結果が得られた。一方、左上側頭葉の損傷では機能回復は見られなかった。 以上の研究結果は、The 22nd Annual Meeting of Organization for Human Brain Mapping、Fifth Russia-Japan Neurosurgical Symposiumで発表がなされた。 また、意思決定課題では右半球脳腫瘍患者群15例で、術後6ヶ月後でも成績の低下が示され、右上前頭回の関与が示唆された。これはInternational Neuropsychological Society 2016 Mid-year Meeting、第25回日本意識障害学会で発表がなされた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究計画は、「認知・遂行機能の処理メカニズムと関連脳部位の同定」である。脳腫瘍患者の腫瘍摘出術前後の認知機能の変化について、本研究において67例の患者を対象に研究データの収集がなされ、49例の行動データならびに脳画像データの分析がなされた。その結果、左脳腫瘍患者25例において、言語性記憶や言語の流暢性といった言語機能の低下が脳腫瘍摘出後6ヶ月後でも見られることとが示され、一方、抑制機能や課題の切り替えは術後6ヶ月後で回復することが示された。次に、成績低下に関連する脳部位を明らかにするため、Voxel Lesion Symptom Mapping 法による脳部位解析を行った。その結果、術後1・6ヶ月後の認知課題成績のうち、言語性記憶と言語の流暢性課題に共通して左上側頭葉損傷の関与が明らかにされた。左中側頭葉損傷の関与も1ヶ月後の解析で示されたが、こちらは術後半年後の解析では示されなかった。これは、左中側頭葉の腫瘍摘出により術後1ヶ月後では言語性記憶と流暢性課題の成績は低下するものの、半年後には回復するという、高次な脳機能の可塑性を示唆するものと考えられた。一方、左上側頭葉の腫瘍摘出は、術後半年の脳部位解析でも責任病巣として関与が示された。したがって、左上側頭葉の腫瘍摘出では言語性記憶や言語の流暢性といった認知機能は回復せず、可塑性がなされないことが示された。 高次脳機能の可塑性に関与する脳部位が統計学的に示されたことは、脳外科的・脳科学的に一つの重要な研究結果が得られたものと考えられる。これらの研究成果はThe 22nd Annual Meeting of Organization for Human Brain Mappingを始めとする国際・国内学会で発表がなされ、現在論文投稿準備中である。 以上の状況により、本年度においてはおおむね順調に研究が進展している。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、基礎的認知機能に支えられた遂行機能が前頭葉を中心としてどのような処理過程からなっているのか、認知遂行メカニズムを明らかにするとともに、関連する脳部位を明らかにしていく。 認知課題は先に開発した認知課題バッテリーを用いる。認知課題バッテリーは7の認知カテゴリーを含むが、これらに共通して影響を及ぼす主要な認知的因子を因子分析で明らかにし、関連脳部位を明らかにする。遂行機能課題は、複数の実物品を用いたルーチンな系列行為課題を用いる。遂行機能課題では課題に必要な物品と不必要な物品を呈示し、不必要な物品の使用が見られるかどうか、また、術前後で課題遂行のクオリティの変化があるかどうかをデータ化していく。患者の遂行機能課題の結果は行為ステップに分けられ、行為エラー(行為ステップの削除エラー、順序エラー、ディストラクターを用いるディストラクターエラーなど)が分析される。課題遂行のクオリティに関しては課題遂行にかける時間をデータとする。例えば、遂行機能課題全体にかける時間や手紙作成課題の文章執筆にかける時間の術前後の変化を見ていく。例えば、言語障害がないにもかかわらず、文章作成にかける時間が術前より術後の方が長くなっていた(文面の長さの変化)のであれば、課題遂行に関与するクオリティが変化したことが考えられる。また、認知課題バッテリーと遂行機能課題の成績の関連性を調べるため、行為エラーと認知バッテリーの成績の相関や因子分析を行い、どのような認知的因子が遂行機能課題に影響を及ぼしているのかを明らかにしていく。 さらに、遂行機能課題の成績の術前後の変化に関与する脳部位をVLSMにより明らかにして行く。また、機能的に関連する脳内部位(例えば左前頭葉外側面と右前頭葉外側面)を明らかにするため、VLSMによる脳部位解析とともに、安静時fMRIを施行し、関連脳機能部位を明らかにしていく。
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