並列分散計算の組合せ幾何的モデルの理論では、n+1プロセスからなるシステムの並列分散実行はn次元単体的複体から別のn次元単体的複体への変形関数で特徴づけられる。このような組合せ幾何的モデルに基づき、並列分散システムを高レベル仕様記述言語で効率的に記述しその記述からプログラムを導出するには、組合せ幾何的モデルの構造が持つ本来的な複雑さに関する本質的理解、特に(プロセス数が大きいときに対応した)一般高次元の幾何的構造の理解が不可欠である。しかしながら、このような一般高次元を扱うための幾何的手法は組合せ的手法とは概念的に隔たりがあり、このことが組合せ的手法の並列分散計算仕様記述やプログラミングへの適用を困難にする大きな理由のひとつとなっている。 本年度の研究では、組合せ幾何的モデルと等価なモデルである認識論理の数理論理モデルの枠組みを用いて、分散計算システムにおける本質的な問題のひとつであるk集合合意問題が不可解であることの別証明が、標準的な故障モデルであるwait-freeだけでなくより一般のadversaryに関しても統一的に与えられることを示した。(大学院生との共同研究) この認識論理を用いた手法はGoubaultらによって近年提案されたものであるが、その具体的な適用についてはほとんど例が示されていなかった。本研究の結果は、これまでとは全く異なる認識論理を用いた手法が、k集合合意問題の不可解性という分散計算の重要な結果を導くために適用可能であり、しかも一般の高次元の場合や異なる故障モデルに対して統一的な数理論理的議論によって導かれることを示したという点で注目すべきものである。この結果は、並列分散システムの計算構造の本質についてより本質的な理解を提供するものであり、将来の高レベル仕様記述言語の設計に期するものと期待できる。
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