研究課題/領域番号 |
16K00217
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研究機関 | 創価大学 |
研究代表者 |
守屋 三千代 創価大学, 文学部, 教授 (30230163)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ナル表現 / ナル / ナル相当動詞 / 通言語的研究 / 認知言語学 / 類型論 / スルとナル |
研究実績の概要 |
研究協力者とともに、日本語の「ナル表現」の意味・用法を軸に、ユーラシアに広く観察される「ナル表現」の考察を重ねてきた。2017年3月の第1回「ナル表現研究会」、同年9月の認知言語学会「『ナル表現』をめぐる通言語学的研究」で、日本語と「ナル的言語」において、どのような「ナル表現」の意味・用法が、いかに分布しているかを示し、対照した結果、1.日本語の「ナル」が主に変化の意味を担うのに対し、他の「ナル的言語」の多くは「出来・存在」の意味を基本的に担う、2.日本語は「ナル」が到達点の場所格をとるが、「ナル的言語」は主格/ゼロ格をとる、3.2017年の調査と同時に行った事態把握に関する調査に拠ると、「ナル的言語」の母語話者も主観的把握の傾向を示すが、日本語話者が事態を話者自身との関わりにおいて捉え、話者の感情表現に繋がる受動表現や話者を到達点とする恩恵の授益表現を文法化させるような、話者中心性は見られない、ということがわかった。前年度の計画に伴い、上記1と2を検証するため、2018年3月に「第2回ナル表現研究会」を実施した。研究会に際し、新事態の出来・存在の表現が明確に現れる、旧約聖書創世記の冒頭「光、あれ。…光があった。」の箇所を共通のテクストとして、言語毎に分析を行った。その結果、原文のヘブライ語をはじめ、ギリシア語・ドイツ語・ペルシャ語・ヒンディ語・シンハラ語・クルド語・トルコ語・モンゴル語において、「ナル相当動詞」が出来と存在の双方の意味を有し、「光、なれ。光なる/なった」と表現されること、これらの言語の多くは、当該の箇所で3人称命令形が用いられることがわかった。一方、英語・中国語、および日本語・韓国語では出来は存在動詞で表現され、いずれも3人称命令を持たないことが確認された。日本語では光の出来をめぐり時間幅を言語化する例も観察され、日本語のナル表現の特徴がほぼ得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度に決定した本年度の目標・推進方策は、1.ナル表現の研究対象言語を増やし、各言語から見た「ナル表現」の分析のための調査項目の修正版を作成する、2.ユーラシアのナル表現について「出来・存在」の表現をヘブライ語聖書創世記を軸に捉え直し、その実際を明らかにする、3.ヘブライ語の原典にあたり、そのナル表現の意味・用法について理解を深める、4.「出来・存在」に関する日本語の古典語における動詞「ナル」の用法の推移を確認し、通言語的に見たナル的動詞の用法との相違を分析する、5.時体把握と「出来・存在」の表現との相関関係の有無を、創世記を例にとって分析する。、というものでああった。このうち、2,3,5はほぼ全てが完了した。また、4についても昨年度に引き続き考察を進め、ほぼ相違点が明らかとなった。 ただし、1については、ユーラシアの言語のうち東南アジアの言語の調査・分析が不十分であることがわかった。ユーラシアの言語の「ナル表現」の連続性と日本語とのつながりを見るためにも、東南アジアの言語を中心に対象言語を増やして考察を進めていくことが必要であると痛感した。 以上の点で、ほぼ計画通りに進んでいるが、計画以上には進んでいないと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、以下の点を中心に研究を進めていく。 1.通言語的研究の観点から、日本語の「ナル」が変化の意味に傾斜していること、多くのユーラシアの言語における「ナル」相当動詞が出来・存在にほぼ特定されること、ただし、ナル・ナル相当動詞を有する日本語・韓国語では、出来・存在表現を持たず、また中国語および英語では、ナル相当動詞を持たないことについて、調査言語を広げ、分布状況とその内容をより詳細に考察することが、今後の最重要課題である。 まずは、ユーラシアの言語におけるナル相当動詞が、出来・存在の意味を持つことの実際を確認し、次にヘブライ語・ペルシャ語などを起点とするシルクロードに沿ったルート、そこからトルコ、モンゴル、朝鮮に至るステップロード、そしてペルシャからインド、スリランカ、タイ、ベトナム、インドネシアを通るシーロードを軸として、ナル相当動詞の意味・用法を辿る。特に、東南アジアの言語に見られる「ナル表現」について、重点的に調査を行っていく予定である。 2.「出来・存在」と「変化」への連続性をさらに辿るよう、地域を問わず、ユーラシアの言語についてより詳細に言語調査の対象を増やしていく。特に、ヘブライ語・アラビア語を出発点とし、トルコ語・テュルク系言語・モンゴル語・朝鮮語、そして日本語に至るステップロード・新疆を経て中国語から日本語に至るシルクロード、インド系言語からシンハラ語・東南アジアの言語:タイ語・ベトナム語・インドネシア語から日本語に至るシーロード、ヘブライ語からギリシア語・ラテン語を経て、ドイツ語およびロシア語に至るゲルマン系言語、およびスラブ系言語などのルートを辿りながら、各対象言語への調査を進めたい。 3.日本語の「ナル表現」は上記のどのようなルートと近い関係にあるのか、古典語の「ナル」を再度確認しながら、検証を進める。また、現代語については、コーパスを用いて大枠を捉えておく。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由:第2回「ナル表現研究会」は、協力者との9月に認知言語学会でワークショップを行い、そこから日程調整を行った、結果的に、研究会の実施時期が年度末にずれ込み、経費の支払いおよび収支決算が字年度となり、使用額に変更が生じた。また、東京以外の地域に在住する研究協力者が多いため、宿泊の手配および資料収集、その他の準備に一定の時間を必要とした。 使用計画: 繰り越された分のうち、ほとんどは既に使用しており、30年度での決済に充てられる。 これ以外の30年度の使用分については、研究計画に基づき、様々な言語話者および研究者に対する聞き取り調査などを実施する予定である。この場合、全体での勉強会も必要となるので、旅費の占める割合が大きくなる可能性がある。元々の予算配分が少ない年度であるので、慎重に使用するよう、心がけたい。日本語の古典語の調査については、学内で行える範囲で調査を実施する予定である。
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