本研究は,制御の難しさの「質」の異なる様々な運動の制御を「協調」という共通の視点でとらえることで,ヒトの運動制御の新たなモデルの提案を目指している. 今年度は,これまでに開発してきたモデルの発展・応用の例として,体操競技の平行棒で行われるスイング(支持振動)に着目した.体操競技の平行棒での支持振動は,基本的な技術でありながら,その習得は難しいとされている.また,その中で,体操競技者・指導者らは,スイング・スピードを高めるには「できるだけ肩を前に出さない」(上肢を前傾させない)ことが重要だ,というような経験知を見出しているが,その理論的な裏付けは明らかではなかった.そこで,本研究では,平行棒・支持振動の運動制御モデルを構築すること,この運動の力学的な諸特性を明らかにすることを目指した. 平行棒における支持振動を,2リンク劣駆動系(Acrobot)と,関節間協調を仮想ホロノミック拘束とみなした制御によってモデル化した.モデルには新しく開発した関節間協調の表現を導入した.そして,この数理モデルを用いて,支持振動での前振り開始時における上肢の傾斜角度が,その後の運動の諸特性に与える影響を解析した. 以下のような結果が得られた.まず,構築したモデルは体操選手の支持振動によく類似した運動を生成できることを示した.さらに,モデルの解析から,支持振動・開始時における上肢の傾斜角度の小ささは,速いスイングを生むことにつながるが,その角度には,関節トルクの滑らかさ,関節トルクの絶対値の小ささ,力学的エネルギー変動の少なさの意味で「適度な大きさ」が存在することを示した.解析結果は,体操選手の間で共有されている経験知にも,およそ一致すると考察された. 以上の結果は,本研究で開発しているモデルが,体操選手の技のような実際の運動の説明・理解・解析にも応用できることを示している.
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