研究課題
本研究は、ヒト主要組織適合抗原(HLA)とペプチド断片の結合親和性を予測する計算手法を開発し、それをベーチェット病の抗原エピトープの探索に応用することを目的としている。平成28年度は、ドッキング計算に基づいたHLA-ペプチド結合親和性の予測法の開発を行った。これまで開発されている予測法の多くは、「配列法」と呼ばれるもので、結合性が実験的に確かめられているペプチド配列のデータベースを利用し、機械学習的に親和性を予測する。しかしこの方法では、データベースに多くの情報が蓄積されているHLAアレルに関しては高精度な予測が可能となるが、情報が少ないアレルに関しては、良い予測結果を得ることが難しくなる。一方、本研究で開発した予測法は「構造法」と呼ばれるもので、データベースは使用せず、HLAの立体構造情報と分子シミュレーションの手法を利用して、分子間相互作用を物理化学的に評価し、結合親和性を予測する。構造法の問題点の一つとして、大きな計算コストが挙げられるが、本研究では、①ドッキング計算をN末側とC末側に分割し、②独自のペナルティ関数を導入し、③配座探索に構造的制限を加えるという工夫により、計算コストを大幅に減少させることに成功した。また、「AutoDock4」というドッキング計算プログラムにこのアイディアを実装し、HLAアレルとエピトープの組み合わせが判明している7種のアミノ酸配列(ここではインフルエンザウイルスの配列を使用)でテストしたところ、高い予測性能が示された。この成果は、計算化学の専門誌で発表されている。
2: おおむね順調に進展している
平成28年度の研究計画では、HLAとペプチド断片の結合親和性を網羅的に計算する構造法を開発する予定であった。そして実際に、N末側とC末側の4残基に関するドッキング計算を個別に実行し、「独自のペナルティ関数」と「配座探索における構造制限」を導入することで、これまでにない高効率な構造法の開発に成功した。さらに、HLAアレルとエピトープの組み合わせが判明しているインフルエンザウイルスの配列を用いて、この方法の有効性を検証したところ、未知のエピトープの探索にも十分利用可能であることが示された。本研究では、この方法をベーチェット病と相関するHLA-B*51および相関しないB*52に適用し、ベーチェット病のエピトープ探索に貢献することを目的としているが、平成28年度の研究計画に関しては、おおむね予定通りに達成できたと考えている。また、本研究計画では、実験的および疫学的なエピトープ探索と連携するために、野口および竹内に研究分担者として参加してもらっている。平成28年度は、2月にタイのチュラロンコン大学で行われたベーチェット病に関する研究打ち合わせに野口と共に参加し、開発した構造法に関する研究成果を発表すると共に、平成29年度以降の連携についても議論を交わした。また、この会議の詳細は竹内にも伝わっており、研究分担者との連携も予定通りに達成されていると考えている。
本研究の目的は、研究実績の概要で述べた通りである。平成28年度はHLA-ペプチド親和性の予測法を開発したため、平成29年度以降は、ベーチェット病のエピトープ探索にこれを応用することが主要な研究計画となる。ベーチェット病は、HLA-B*51と有意な相関を示すことが知られているが、2つのアミノ酸だけが異なるHLA-B*52とは相関が見られない(ASN63→GLUおよびPHE67→SER)。よって、これらの変化により、結合親和性が大きく低下するペプチド配列を探索できれば、それらがベーチェット病のエピトープ候補となり得る。本研究では、平成28年度に開発した計算方法を利用して、可能性のある全ての配列に関しHLA-B*51およびB*52との結合親和性を網羅的に計算し、上の条件に合致する配列の探索を目指している。平成29年度は、まず、ベーチェット病の原因と考えられているMHC class I chain related to gene A(MICA)および熱ショックタンパク質(HSP60)の配列を対象に探索を実行する。さらに、得られた計算結果を、分担研究者の野口および竹内と共有することで、実験的および疫学的なエピトープ探索との連携を図り、ベーチェット病の病因解明に貢献したいと考えている。また、平成28年度に開発した予測法は、HLA側の立体構造を完全に固定した状態で、ドッキング計算を実行している。しかし、ペプチドと強く相互作用するHLA側のアミノ酸残基の自由度も考慮してドッキング計算を行うのがより自然である。よって、平成29年度以降はこのような改良を加えることで、予測法の精度向上も検討したいと考えている。
年度末の薬学会(3月24日~27日)に参加するために予算を残していたが、予定よりも少額で済んだため、余剰金が発生した。文具などの消耗品に使用しても良かったが、緊急に必要なものがなかったため、次年度へ繰り越した。
前年度は36コアの計算機を購入したが、研究計画をスムーズに進めるためには、もう少しコア数を増やしたいと考えている。よって、29年度の助成金と併せて4コアの計算を購入する資金に充てる予定である。
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