研究課題/領域番号 |
16K00541
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
保田 隆子 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 特任研究員 (40450431)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | ミクログリア / メダカ胚 / in situ ハイブリダイゼーション / 脳腫瘍放射線治療 |
研究実績の概要 |
小児の脳は成熟した大人の脳と異なり放射線に対する感受性が高く、脳腫瘍放射線治療に伴う被ばくによって2次的な発がんリスクが高まることが知られており、このリスクを低減させるため、放射線治療の最適化が模索されている。脳の物理的な損傷やウイルス感染時に、脳内の免疫細胞であるミクログリアが傷害部位へ移動し、損傷を受けた神経細胞を貪食して除去することが報告されている。我々は胚が透明で脳の観察が容易なメダカ胚を利用して、電子顕微鏡による形態的解析に加え、ミクログリア特異的に発現する2種類のプローブを用いてwhole-mount <I> in situ </I>ハイブリダイゼーション(WISH) 法により、放射線被ばく後の脳内におけるミクログリアの動態を調べた。その結果、ミクログリアがその食胞内にアポトーシス細胞を取り込み、細胞骨格の形態を大きく変化する際にL-plastin遺伝子の発現が上昇し、その後、食胞内に取り込んだアポトーシス細胞の消化がほぼ完全に終了し、それらの残渣から生じる脂質を代謝させる際にApolipoproteinE遺伝子の発現が上昇することを明らかにした。つまりこの2つのプローブを使い分けたWISH法により、貪食過程の初期と後期におけるミクログリアの動態を評価できる。WISH染色胚の組織切片画像からミクログリアの分布を立体構築したところ、貪食が終了後もミクログリアが活性化した状態を脳全体で維持している動態を空間的に明らかにした。 放射線治療のさらなる最適化の可能性を検討するため、メダカ胚脳への局部照射が可能な量研機構の重粒子線照射施設を利用し、メダカ胚の脳の局所的な放射線照射によって誘導される脳内ミクログリアの分布を調べた。その結果、脳の局所照射胚では、ミクログリアが脳全体に活性化される全体照射と異なり、限局された部位でのみ活性化されることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでゼブラ、メダカなどの小型魚類モデルの脳内ミクログリアの動態は、L-plastin,ApoEプローブを用いて調べられてきた。本研究では、放射線によって誘発されたアポトーシス細胞を除去するphagocytosis一連の過程で活性化するミクログリアの経次的、空間的な動態を2つのプローブを用いることで明らかにすることに成功した。 本研究は、メダカ胚の中脳を対象として、重粒子線局所照射により誘導される microglia活性化の時間的、空間的な詳細を解明した。その結果、照射部位に限局して照射24 時間後にL-plastin が発現誘導された。遅れて、照射 42 時間後にApoEの発現が誘導された。ApoEを発現するmicroglia は照射部位以外にも存在した。 L-plastin を発現するmicroglia が重粒子線照射部位に限局したのに対して、ApoEを発現する microglia は重粒子線が照射されていない部位も含めて中脳全域に分布した。この局所照射の結果は、重粒子線の照射ないしは apoptotic cellsにより直接的に誘導されるmicroglia の活性化・貪食のフェーズと、貪食を終えてもなおmicroglia が脳全体で遊走を継続する活性化のフェーズの2段階があることが明瞭に示された。さらに、前者はL-plastin の発現を指標とでき、後者は ApoE の発現を指標とできることを本研究は示した。
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今後の研究の推進方策 |
今回、限局照射が可能なマイクロビームを用いてメダカ胚の脳の一部に限局して重粒子線を照射することが実現したことにより、放射線照射によるmicroglia の活性化には2段階があり、活性化後期にあるmicroglia が貪食を終えてさらに長時間にわたり、放射線照射部位を超えて脳全体を遊走すること(abscopal activation)を放射線が誘導することを初めて明らかにできた。照射部位を離れてmicroglia が活性化されるメカニズムは不明である。放射線により活性化されたmicroglia が炎症誘導性の分子を分泌し照射域外のmicroglia を2次的に活性化する可能性を考え、microglia 阻害剤の途中投与実験を計画している。また、活性化されたmicroglia が照射域を超えて脳内を遊走する可能性を考え、microglia を蛍光標識したトランスジェニックメダカの作製を計画している。メダカ胚の脳をモデルとした限局照射実験によってmicroglia の活性化メカニズムをさらに解明し、脳機能に有益な貪食機能のみを許可し、悪影響をもたらす継続的活性化のみを抑制することにより、脳腫瘍の放射線治療における悪影響を軽減することが可能になるものと期待できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度はin situハイブリダイゼーションを中心とした実験のみしかできなかったため、その他の実験を次年度以降に実施しなければならないため。
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次年度使用額の使用計画 |
放射線により活性化されたmicroglia が炎症誘導性の分子を分泌し照射域外のmicroglia を2次的に活性化する可能性を考え、microglia 阻害剤の途中投与実験を計画している。また、活性化されたmicroglia が照射域を超えて脳内を遊走する可能性を考え、microglia を蛍光標識したトランスジェニックメダカの作製を計画している。
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