研究課題/領域番号 |
16K00551
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研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
赤松 憲 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 量子生命科学領域, グループリーダー(定常) (70360401)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | FRET / 蛍光異方性 / クラスターDNA損傷 |
研究実績の概要 |
本年度は、これまで行ってきた乾燥DNAに対する放射線損傷の局在性評価の結果を国際誌に発表した(Akamatsu, K., et. al., Anal.Bioanal.Chem.413 (2021) 1185-92)。本論文ではストークスシフトが小さい蛍光分子(励起・発光スペクトルが一部重なる)が密集するとFRET(フェルスター共鳴エネルギー移動)によって蛍光異方性が下がるという光物理化学的性質に着目した。コバルト60ガンマー線、ヘリウム線、炭素線を照射したDNA試料の損傷部位(アルデヒド/ケトン損傷)に蛍光標識(AlexaFluor488)を施し溶液の蛍光異方性を測定した。その結果、吸収線量が増すにつれて、また放射線の線エネルギー付与(LET)が大きくなるにつれて、蛍光異方性が減少することが明らかとなった。さらに、ヘリウム線や炭素線などLETが比較的高い放射線では、線量ゼロに外挿したときの蛍光異方性値が、損傷がランダムに存在するときの期待値より有意に低くなることがわかった。これは、粒子線の飛跡1本でDNA損傷の局在化(クラスターDNA損傷)が生じることを示唆している。またその蛍光異方性値もLET増加にともなって小さくなることが分かった。 一方、溶液系DNA試料(細胞模擬条件下)についても、上と同様の評価を前年度に引き続き行った。乾燥系DNAの場合ほど顕著な違いは現れなかったが、ネオン線やアルゴン線などLETが極めて高い重粒子線の場合に、蛍光異方性が有意に小さくでることが明らかとなった。 また、FRETを利用したこれまでのデータは連続光源(Xeランプ)も用いているので、得られるのは多様な損傷間距離情報の「平均値」である。そこでパルスレーザー光源を用いた時間分解実験により平均値の内訳を明らかにする方法も開発した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
細胞模擬条件下(0.2 M Tris buffer溶液。ラジカル消去能が細胞内のそれに相当)における各種線質によるDNA損傷局在性評価を進めてきたが、今般のコロナ禍による照射施設(TIARA)の停止や出張自粛要請もあって従来の半分程度しか照射実験が行えなかった。しかしながらLETが大きいネオンやアルゴン線による評価は行うことができた。本溶液系の結果は、乾燥系のそれと比較して局在性の違いが表れにくい傾向があったが、これらの粒子線では、蛍光異方性が炭素線より小さくなる(損傷がクラスター化しやすい)様子が見えてきている。令和3年度中には、溶液系での結果として論文投稿する予定である。一方、蛍光によるこれまでの分光学的手段では光源に連続光(キセノンランプ)を用いてきたので、得られる損傷間距離に関する情報は原理的に様々な距離の平均値であった。平均値の内訳を知るために時間分解蛍光異方性測定を現在進めている。ランダムに損傷が入っているモデルDNAを用いた評価を試験的に行っている。データの解析方法を現在検討中である。さらに、本研究課題の最終目標である「ゲノムに生じたクラスター損傷の可視化」については、それに必要なTIRF(全反射照明蛍光顕微鏡)の立ち上げを引き続き進めている。TIRF観察用のDNA試料作製(DNA鎖をガラスプレート上で引き延ばす)については既に成功している。また、クラスターDNA損傷の一種である複雑DSBの構造と修復性について、修復関連タンパク質のひとつであるKuを用いて、モデルDSBとの親和性評価実験を開始した。
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今後の研究の推進方策 |
・細胞模擬条件下で生じるDNA損傷の局在性について論文にまとめる。 ・クラスター損傷の一種である複雑DSB(2本鎖切断末端:DSBの近傍にさらに別の損傷が存在する)の構造と修復関連タンパク質(Ku)の相互作用の関係を蛍光異方性等によって評価する。 ・DNA中のクラスター損傷をTIRF等によって可視化する方法を確立する。 ・複雑DSBの構造とKuとの相互作用(共有結合の有無など)の関係性、放射線の種類による複雑DSBの構造の違いを光物理化学手段や生化学的手段を用いて分析・解析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍による照射実験の出張自粛、在宅勤務要請による実験作業時間の減少、国際便減少による納品物の遅延により、本研究を計画通り進めることが多少困難であった。予定していた令和2年度の計画(8.に記載)等を令和3年度に引き続き行う。DNAオリゴマー及び放射線照射DNAを用いて、TIRFでのDNA損傷の可視化を行う予定である。使用予定額の内訳は、試薬・キット類:50万円、出張旅費(照射実験、4回):20万円、英語論文校正費:9万円、学会参加費:1万円である。
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