研究実績の概要 |
R3年度は、原子間力顕微鏡(AFM)によるDNA損傷観察技術を用いた、損傷の種類ごとの細胞内修復性速度を調べた結果について国際誌に発表した(Nakano, T., Akamatsu, K., et. al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 119 (2022) e2119132119)。修復速度が極めて遅い損傷形態が、「DNA二本鎖切断(DSB)末端の近傍にさらに別の損傷が複数個存在するような場合(複雑なDSB末端)」であることが明らかとなった。この成果は、細胞内で生じたDNA損傷をナノメートルオーダーで観察し、さらに修復速度まで追跡した世界初の報告であり上記有名雑誌のみならず新聞等にも掲載された(3/30京都新聞朝刊27頁など)。申請者がリーダーを務めるグループでは、様々なDNA損傷の検出及び可視化技術を開発し細胞中におけるDNA修復の様子を可視化することを目標に研究を行っているが、本成果はその一環である。 R3年度の本申請課題の実績としては、重イオン照射施設(TIARA)での照射実験を引き続き行い、申請者が技術開発を行ってきたフェルスター共鳴エネルギー移動法(FRET法) (Akamatsu, K., et. al., Anal.Bioanal.Chem. 413 (2021) 1185-92など4報)によるDNA損傷局在性評価を行ってきた。各線質のデータ再現性も得られ論文化を進めている。さらに、冒頭の成果で“複雑なDSB末端”が修復困難な損傷の実態であることが明らかになったので、なぜそれが修復されにくいか、その原因を調べるための研究を開始した。具体的には、修復過程のひとつである非相同末端結合では、DSB末端に結合するKuタンパク質と“複雑なDSB末端”の親和性が重要と考え、FRET法や生化学的手段を用いて探求を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
R2年度に引き続き、細胞模擬条件下(0.2 M Tris buffer溶液。ラジカル消去能が細胞内のそれに相当)における各種線質(He, C, Arイオン)によるDNA損傷局在性評価を進めた。FRET法による評価データは、実験の再現性も十分とみなせる状況になったので論文化を進めている。さらに、本研究課題の目標のひとつである「ゲノムに生じたクラスター損傷の1分子レベルでの蛍光可視化」については、R2年度から全反射照明顕微鏡(TIRF)を自作で開発を進めている。しかしながら、TIRF作製に急遽必要になった高分解能対物レンズ(100万円程度)の購入資金がなく進捗が滞っていた。幸い、R3年11月に機構内競争的予算を獲得し入手することができたので引き続き開発を進めている。一方、クラスターDNA損傷 の一種である複雑DSBの構造と修復性について、修復関連タンパク質のひとつであるKuを用いて、モデルDSBとの親和性評価実験をR2年度より始めたが、特に高LET放射線で、KuがDSB末端に共有結合している可能性を示すデータを得ている。
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