胎児の放射線発がんリスクを考える上で胎児の放射線生物応答に関するデータを集めることは重要である。我々はこれまでに安定型染色体異常である転座を指標にして胎内被ばく影響を調べる動物実験を行ってきた。胎内被ばく後に生まれた仔マウスが成体になった時に造血やその他の組織に生じている転座頻度を調査した結果、組織や被ばく時期によって転座頻度が異なることがわかった。これらの結果から、胎生期において、幹細胞ニッチに組織幹細胞が定着する前の被ばくにより生じた異常細胞は淘汰され、ニッチに定着できず結果的に異常が残らない。一方で、幹細胞ニッチ定着後の被ばくだと異常細胞は淘汰されず異常が残るという仮説を考えた。この仮説の検証のため、胎内被ばく影響が成体時では残っていないマウス造血組織を用いて、被ばくした胎仔造血幹細胞に生じた異常細胞がいつどのように消失するのかを調べる計画をたてた。妊娠13-15日でX線を全身照射したB6C3F1 雌マウスから照射1-2日後(出産前)に分取した造血幹(前駆)細胞について母親と胎仔で調べた結果、胎仔では母親と同様に転座を生じていた。次に行った胎内被ばく後に生まれた仔マウスの調査では、生後5日では転座が観察されていたが生後2週以降の仔マウスではほとんど観察されなくなった。このことから造血幹(前駆)細胞集団では、胎内被ばくにより転座はいったん生じるが、生後に淘汰される可能性が示唆された。次に、この結果をより上流である造血幹細胞レベルで検討するために、単一造血幹細胞をソーティングし、その後形成させたコロニーの染色体核型をmFISH法で分析する方法を試みた。その結果、まだソーティングの精度検証が必要ではあるが、胎内被ばく後1日(出生前)の時点では胎仔造血幹細胞にも転座は生じているという予備的データを得ることができた。今後は異常幹細胞の消失のメカニズムの解明が主な課題となる。
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