研究課題
本研究では「有機ヒ素化合物による小脳症状とグリア細胞:脳内ヒ素代謝とグルタチオン制御の破綻」と題して、茨城県の井戸水ヒ素汚染事故の主因物質である五価の有機ヒ素化合物ジフェニルアルシン酸(DPAA)が引き起こす小脳症状の発症メカニズムの解明を目指してきた。これまでの研究からDPAAは小脳の神経細胞よりもアストロサイトに選択的に影響をおよぼし、種々の細胞生物学的異常活性化(細胞増殖、酸化ストレス応答因子の発現誘導、MAPキナーゼの活性化、転写因子発現誘導活性化、脳内サイトカイン放出、グルタチオン放出)を生じさせることを明らかにしてきた。その上で、最終年度である2018年度はより詳細にDPAAによる異常活性化とグルタチオン産生の関係を評価し、ラット小脳由来アストロサイトはDPAAによりグルタチオン産生を上昇させ細胞外に放出するが、細胞の異常活性化に重要なのは細胞外に放出されたグルタチオンではなく、細胞内のそれであることが示唆された。すなわち、DPAAは細胞内のグルタチオンと反応することで活性化し(おそらく五価から三価へ変化)、それが細胞内の標的分子に結合し機能障害を引き起こすことが異常活性化の原因と考えられた。また、正常ヒト小脳由来アストロサイトにDPAAを曝露したところラット由来のそれと同様の異常活性化が生じることを明らかにした。以上、これまでの研究と本研究課題を通して、①DPAAは他の有機ヒ素化合物に比べ特徴的に細胞の異常活性化を引き起こすこと、②DPAAは細胞内でグルタチオンの助けを借りて活性化すること、③DPAAは脳内でグルタチオンを産生するアストロサイトに特徴的に影響を与えること、④DPAAによる影響はヒト由来アストロサイトでも同様であること、が明らかとなり、グルタチオン産生の制御がヒトにおけるDPAAによる小脳症状を抑制するひとつの道であることを明らかにした。
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