環境保全型農業の推進が叫ばれ、生物的防除技術の開発が行われてきている。そのため、人為的に室内で大量増殖した天敵を外来・土着を問わず天敵製剤として販売して、害虫防除の効果を得ている。しかし、放飼した天敵が移動および増殖することによる既存生態系へ有害な影響はほとんど評価されていない。分子生物学的手法の進歩により保全生態学の分野において生物多様性や外来生物の生態系への影響が定量的に評価できる技術が確立されつつある。そこで、本研究の目的は分子生物学的手法を利用して市販の生物農薬の生態系への影響について調査することである。具体的には日本で広く販売放飼されている生物農薬タイリクヒメハナカメムシOrius strigicollisを材料として既存の土着生態系で暮らしているヒメハナカメムシの個体群密度・遺伝的多様性に与える影響を最新の生態学的・集団遺伝学的・分子生物学的手法を用いて調査する。 本年度は昨年度までのDNA解析の不足分のデータ解析および集団遺伝学的解析を行った。 3年間の解析をまとめた結果、放飼地域には天敵製剤由来と考えられる個体が多く採集される地域が存在する可能性が高かった。しかし、放飼地域のmtDNAおよび核DNAの多様性は無放飼地域と変わらなかった。これらの結果は1)天敵製剤に感染している共生微生物ボルバキアの影響および2)天敵製剤自体の放飼による生態系への影響はほとんどないと考えられた。しかし、引き続き観察は必要だと考えられた。これらの結果をもとに販売されている生物農薬の生態系リスクと対策の基礎知見として外国誌論文などで提言する。
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