研究課題/領域番号 |
16K00621
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研究機関 | 佐賀大学 |
研究代表者 |
山西 博幸 佐賀大学, 低平地沿岸海域研究センター, 教授 (20240062)
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研究分担者 |
大石 京子 佐賀大学, 低平地沿岸海域研究センター, 客員研究員 (20110835)
鈴木 祥広 宮崎大学, 工学部, 教授 (90264366)
石橋 融子 福岡県保健環境研究所, 環境科学部, 水質課長 (90463512)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 硝化抑制 / アンモニア態窒素 / ノリ養殖 / 下水処理場 / 放流水 / 河川感潮域 / 有明海 / バイオアッセイ |
研究実績の概要 |
本年度は前年度の課題であった硝化抑制運転前の夏期における放流水の海域への流動確認と硝化抑制運転が十分確認される冬期での栄養塩の拡がりとその効果について調査した.調査結果より,①ノリ養殖前の夏期における放流水の流下軌跡は,前年の冬期調査と同様にノリ漁場域(5~13㎞)まで到達していることを確認した.また,②硝化抑制運転の効果が顕著となる12月の調査でノリ漁場内に到達した水塊のNH4+-N濃度が0.1mg/Lまで上昇した.ノリの生育に必要なDIN濃度の基準が0.07~0.1mg/Lであることを考えれば,本調査結果はNH4+-Nのみでこれを満足するものであった.加えて,③アンモニアリッチとなる底泥の温度上昇による溶出速度は,放流口直下の底泥に違いは見られなかったが,ノリ漁場の底泥では,温度上昇とともに溶出フラックスが高くなった.このことは,ノリ漁期終了後の水温上昇時に海域でのNH4+-Nの供給増を示唆するものといえる.さらに,④有明海湾奥部には同様の季別運転を実施する大牟田市北部浄化センターがあり,ここから排出される放流水についても硝化抑制期に同様の調査を実施した.その結果,河川水のT-N濃度に対するNH4+-N濃度の比は、排出水の流入前より流入後が高く,その比が海域まで達していたことから,浄化センターから排出されたNH4+-Nが海域まで到達していることが確認された.⑤ノリの生長に及ぼす下水処理放流水の効果の観点から,ノリのバイオアッセイによる実験を行い,下水処理放流水を利用することによってノリ殻胞子の生長を効果的に促進させることが実証された.そのほか,⑥ノリ幼体においても,ノリ殻胞子と同様に,下水処理場放流水による生長促進効果が認められた.下水処理放流水の栄養塩量よりもノリ殻胞子の栄養要求量は高いことから,下水処理放流水はノリの成長促進に大きく寄与するといえる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は地域特性といえる有明海湾奥部特有の大きな干満差のある水域に栄養塩濃度を調整した処理水が放流されることによる水・底質環境への影響とともに,泥干潟を含む河口沿岸域の生態系に及ぼす影響について多面的に調査・解析し,これを科学的視点で明らかにするものである. この2年間の調査および実験により,下水処理放流水が下流域のノリ漁場水域まで到達することや硝化抑制運転時にはノリ漁場水域でノリの色落ちを生じさせるDIN濃度以上のアンモニア態窒素濃度で供給されることが確認された.また,これら水域に堆積する現地底泥がアンモニア態窒素濃度による汚染を受けた想定で潮汐による巻き上げや冬期から春先の温度上昇を想定した室内実験を実施し,その結果からアンモニア態窒素の累積溶出量や溶出速度を評価し,水域への再回帰量を概算した.一方で,放流水の影響が及ぶ範囲はノリ漁場とともに河口や河川汽水域に及んでおり,俯瞰的な把握の必要性もある.さらに,有明海湾奥部の他処理場での季別運転効果についても継続調査し,年間を通じた窒素等の動態を把握し,排出水に含まれる窒素等成分の海域への影響及びノリ漁場への効果を明らかにすることを目指す.これら一連の結果に基づき各種パラメータを設定し,栄養塩の拡がりに関する数値計算を用いながら,ノリ漁場域への効果としてまとめる. ノリのバイオアッセイの観点からは,スサビノリの初期発生段階である殻胞子と幼葉状体の生長過程において,塩分低下による生育影響,人工海水と下水処理水の混合溶液中での生育応答,栄養培地や下水処理放流水による栄養塩変化の影響を評価し,定量的かつ基礎的な情報を得ている.これを踏まえ,得られたデータの統計的解析と評価を精査し,成果を取りまとめる予定である.
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今後の研究の推進方策 |
これまで2年間の現地調査により,硝化抑制された放流水のノリ漁場を含めた水域環境の現状を明らかにすることが達成された.特に,硝化抑制運転前後における放流水塊を想定した流動調査とその水質調査は,これまで誰も試みていない困難な調査であり,得られた成果は貴重なものといえる.また,硝化抑制運転時の調査も2カ年にわたる調査で,下水処理場の運転時期の依存性も把握できるなど,当初予想していなかった中での有用な知見も得ることができている.これらの基礎的な成果については,水環境学会や土木学会に研究発表や査読付き論文として迅速に公表し,研究成果の還元を進めている.ただし,3年目の調査は予算的な問題もあり,大規模な調査は実施困難なため,室内実験や数値計算による研究が主体とならざるを得ない.一部,福岡県側水域においては,平成29年度に未実施であった硝化抑制運転前の調査を行い,佐賀県側の調査結果との比較検討を行う予定としている. ノリのバイオアッセイや成長に及ぼす観点では,海水と下水処理水をブレンドした培養液を作成し,人工環境で制御してノリやその他の有用海藻を栽培・生産する,野菜工場ならぬ海藻栽培工場を想定した技術開発の提案につなげる. 全体を通し,一連の調査データ,統計解析および数値計算をもとに,季別運転による処理水の流動特性とその流動が有明海湾奥部水域に広がるノリ養殖場に与える効果の有無について科学的根拠をもって示し,併せて,これら硝化抑制放流水の受水域の水・干潟環境および河口沿岸域の生態系に及ぼす影響について明らかにしていきたい.
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