本研究は、水田で米と魚を同時に生産する伝統的農法「稲田養魚」の自然共生型農法としての潜在性に注目し、環境親和性と高生産性の両立を可能にする生態系プロセスを炭素窒素安定同位体比から明らかにすることを目的としている。 最終年度である本年度は、前年度までに収集した生物等試料の同位体データを用いて、養殖魚(フナ幼魚)の食性を分析した。調査水田におけるフナの潜在的餌種は、大きく動物プランクトン、底生無脊椎動物(ユスリカ、貧毛類等)および養魚飼料(人工配合飼料、米ぬか、さなぎ粉等)に分けられた。同位体混合モデルSIARにより、これら餌種のフナへの寄与率(%)を評価したところ、水田によって動物プランクトンは7-28%、底生無脊椎動物は23-31%、給餌飼料は46-57%と推定され、相対的には養魚飼料への依存度が高いものの(50-60%)、動物プランクトンと底生無脊椎動物を合わせた天然餌料への依存度も小さくないことが示された(40-50%)。 また、上記のデータを水田土壌、稲体等のデータと統合し、フナの排泄による土壌への有機物供給(施肥効果)を詳細に検討した。その結果、作土表層中の土壌有機物(SOM)のおよそ16-20%および20-24%がそれぞれフナにより排泄された天然餌料および養魚飼料に由来するものと見積もられた。残りの60%のSOMは直接養魚飼料に由来するもの、すなわち食べ残しであった。こうして形成された土壌栄養状態が栽培期間を通じて稲体に吸収・同化されることも土壌と稲体(葉身および玄米)の窒素同位体比の回帰分析から確かめられた。 以上のことから、今日見られる稲田養魚においては、養魚飼料の過剰投入が水田内の栄養動態に直接的に大きな影響を与えている一方で、魚の摂餌・排泄という生態学的プロセスもまた水田内の物質フローや土壌栄養動態に寄与し、本農法の高い生産性を支えていることが示された。
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