研究課題
食料と競合しないセルロース系バイオマスを原料としたバイオエタノールの生産では、糖化処理に莫大なコストがかかることと、糖化液に酢酸を主とする発酵阻害物質が混在することが非常に大きな問題である。私は酵母に酢酸ストレス耐性能を持たせることで、この問題を解決しようとしている。バイオエタノールの製造に「酢酸耐性化酵母」をもちいることで、糖化液から酢酸を除去する必要が無くなるだけでなく、酢酸の強い抗菌作用により培地の滅菌という高コスト工程も省くことが可能になる。私はこれまでHAA1遺伝子の発現を制御することで酵母に酢酸耐性を付与する技術を開発してきた。この方法をもちいると、迅速かつ簡便に、酵母の酢酸耐性を飛躍的に向上させることができる。しかし、耐性化酵母の増殖が遅く、形質が安定しないことが欠点であった。その原因として、HAA1遺伝子がコードする転写因子の標的遺伝子の中に、細胞の増殖に悪影響を及ぼすものがあるのではないかと考えている。そこで本研究課題では、多数のHAA1標的の中から酢酸耐性に寄与するものを見つけ出し、より安定した酢酸耐性酵母の育種技術の開発に繋げることを目標としている。酵母の酢酸ストレス耐性機構の解析を進める過程で、酵母細胞が酢酸ストレスに応答して一過的に速やかに細胞内にグリセロールを蓄積する現象を見いだした。そこで、HAA1がこのグリセロール蓄積を誘導する可能性と、グリセロールの蓄積が酵母の酢酸耐性をもたらす可能性について検討した。その結果、酢酸ストレスに応答してHAA1がグリセロール合成酵素遺伝子の転写活性化を介して細胞内にグリセロール蓄積を誘導すること、およびこのグリセロールの蓄積が酢酸ストレス耐性に不可欠であることが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
酢酸ストレスと細胞内グリセロールとの関係を明らかにする目的で、グリセロール合成欠損株およびグリセロール過剰生産株を作成し、酢酸に対する感受性を調べた。その結果、グリセロールを合成しない株は酢酸に対して感受性を示し、グリセロールを過剰に生産する株は酢酸に対して耐性を示した。従って、細胞内グリセロールの蓄積は酢酸耐性に必要不可欠であることが示された。また、HAA1遺伝子破壊株に酢酸ストレスを与えてもグリセロール蓄積は誘導されず、酢酸を含まない通常培地で培養したHAA1遺伝子過剰発現株の細胞内には多量のグリセロールが検出されたことから、酢酸ストレスで誘導されるグリセロール蓄積はHAA1による制御を受けていることが示唆された。次に、HAA1がどのようにして細胞内にグリセロールを蓄積させるかについて調べたところ、酢酸ストレスを与えた酵母細胞では速やかにGPP2遺伝子の転写が誘導されること、この転写誘導にはHAA1の機能が必要なことが示された。また、HAA1遺伝子過剰発現株においては、酢酸ストレスがかからない条件下でもGPP2遺伝子が高発現していた。GPP2遺伝子はグリセロール生合成経路で非常に重要な酵素であるグリセロール3-リン酸フォスファターゼをコードすることがわかっている。以上の結果より、酢酸ストレスにより活性化されたHAA1がGPP2遺伝子の転写を誘導し、増加したグリセロール3-リン酸フォスファターゼによりグリセロール生合成が活性化されるというモデルを考えている。
これまでの結果より、GPP2遺伝子の転写誘導を介したグリセロールの細胞内蓄積が、HAA1による酢酸ストレス耐性化の本態であるというモデルが導かれた。今後は、このモデルについて早急に検証する必要がある。もしGPP2遺伝子がHAA1の唯一の標的であれば、GPP2遺伝子の過剰発現により、HAA1遺伝子の過剰発現と同等の酢酸ストレス耐性を付与できる可能性がある。GPP2遺伝子の過剰発現が増殖の抑制や形質の不安定さという欠点を示さなければ、新たな酢酸耐性化酵母の育種技術として確立することを最優先事項として研究を進める。また、グリセロールがどのようにして酢酸ストレスから細胞を守っているのか、そのメカニズムの解析も進める予定である。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件)
Molecular Medicine Reports
巻: 14 ページ: 4243-4247
10.3892/mmr.2016.5782
生物工学会誌
巻: 94 ページ: 345