「トランジション研究」における今日の議論状況のレビューを通じて、システムの既得権者たる支配的アクターと変革・イノベーションを担うべき新規アクターとの権力的相互作用の様態・変転に見る、弁証法的(dialectic)な関係性について新たな知見を得た。具体的には、従来は対抗関係に立つとされていた、両アクター間に潜在する(場合によっては、意図せざる)協調的(synergetic)な相互作用が、当該システムのトランジションの帰趨を左右する要因となり得るとの理解である。 ここでの知見に照らし、研究計画において予定した、分散型電力システムの導入を企図した実証事業を分析素材とした事例調査(計2件)を実施した結果、主には、①支配的アクター(例:旧一般電気事業者)の顕現的な権力作用の存在、②それによる新規アクター(例:メーカー等の民間事業者、地方自治体)のシステム導入やイノベーションに対する自己抑制的な態度選択、③ここでの両者間の相補的関係性に起因する既存システムの経路依存性の再帰的な維持作用、④新規システムが兼ね備えるべき事業収益性の要請と、それを実現するための需要家アグリゲーションに起因する分散型システムの広域化・(再)集権化の不可避性、⑤このことが新規システムの社会実装過程から「地域性」を払拭し、当該自治体による(公益性の観点からの)コミットメントを将来にわたり阻害する、といった点が明らかとなった。また、調査成果からは、上記①②③の強さは、システムの外生要因として与えられるショックの大きさに比例する、との含意が得られた。 これらのトランジションの進展を阻害する要因を踏まえつつ、求められる変革・イノベーションを揺籃する実験の場により適合的とされる、市民参加型のバックキャスティング手法を用いて、持続可能なシステム創発のための地域ビジョンおよびパス策定の実践とその方法論構築に向けた試論を展開した。
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