研究課題/領域番号 |
16K00704
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研究機関 | 京都工芸繊維大学 |
研究代表者 |
中野 仁人 京都工芸繊維大学, デザイン・建築学系, 教授 (10243122)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 伝統工芸 / デザイン / 写真 / 映像 |
研究実績の概要 |
京都は年々、外国人観光客の訪問数が増加の一途をたどり、それに応じて街の姿も大きく変貌した。観光客による消費額も増加している。しかし、伝統工芸品に関しては一時的に高額な工芸品が購入された時期があったものの、その動向は一過性に終わり、京都の伝統工芸の厳しい状況は変わらずに続いている。一方で、安価な販売を目的とした粗悪な工芸品らしいものが量産されている。つまり工芸品風の土産品が増加することにより、本物の伝統工芸品の存続が危ぶまれている。さらに職人の減少、後継者不足、需要の減少、原料の不足など伝統工芸を巡ってまさに危機的状況に瀕しているのである。社会が変わり、生活が変わっていく以上、この流れは止められず、これからも変わり続けることは避けられない。しかし、伝統工芸をめぐる間違った解釈を正し、間違った方向に向かうことを是正することは重要である。つまり伝統工芸の現状を捉え、今のうちに、伝統工芸の価値を見つめ直し、広く伝えることは非常に重要であると考えられる。本研究は、伝統工芸工房の職人、行政、大学の産官学が連携し、伝統工芸の技術、造形および文化的価値を再検証し、それをわかりやすく視覚化したかたちで、社会に発信していくことが目的である。 そのために大きく3つの方向性を設定した。 一つ目は、伝統工芸技法を映像として撮影し、制作プロセスのわかりやすい解説とともに編集し、伝統工芸の展覧会等で一般の人に向けて上映することである。名工の方々の制作現場を動画で記録することは非常に貴重なアーカイブとなる。 二つ目は、工房での取材、調査、インタビュー、撮影を綿密におこない、それらを冊子体として編集するものである。 三つ目は、伝統工芸の技法を用いた新たな工芸品の企画と提案、デザイン試作を行なう。 以上の研究を連携して進めることにより、京都の伝統工芸の現状のいくつかの側面をあぶりだすことが出来た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究を進めるにあたり、京都府と密に連携を計った。府は、各分野の組合と協力しながら各種の活動を進めているが、工芸技法のプロセスや展開、職人の姿勢や生き方の調査、そこに息づく人間性までも含んだ工芸の魅力を発信することにまでは至っていない。そこで本研究は、工芸技術ごとのプロセス、歴史的変遷、工芸品の特徴について綿密に聞き取りおよび文献調査を進め、職人と打ち合わせをかさねたのちに、写真撮影、映像収録を進め、記録、分析、保存、発信をおこなった。職人の生の声を理解し、また今後の工芸技法の存続に向けての考えなど、現代の社会的問題点と照らし合わせて考察した。 一方で、工芸品の受け手すなわち使用者、あるいは造詣の深い方への取材を続け、日本文化における伝統工芸品の価値の再検証も進めた。作り手の考え方、生き方とそれを使う人の受け止め方、感性を探ることにより、伝統工芸品のモノとしての存在の裏にストーリーあるいはドラマ性を見出し、本来の日本人が生活の中で築き上げたきた工芸品という文化を浮き彫りにすることができた。 また本研究では、匠の技を持つ名工として認定された職人だけではなく、その技の継承者としての若手が未来に向けて発信する挑戦的な活動に関しても取材を進めた。親から子へと連綿と引き継がれる技の伝承のあり方、他方で工芸と無関係な家の出身者が伝統工芸の世界に飛び込む例も取材した。本研究では、これからの職人が何を目指していくのか、その動向を注視し、あるいはともに検討する研究をも目指した。 さらに本研究の特徴として、いくつかの伝統工芸工房と協力しながら新しい目的、新しいデザインによるこれからの工芸品の提案を進めてた。いくつかの工房で職人の方々と相談しながら、コンピュータ、レーザーカッター、3Dプリンターなどの使用も視野に入れながら、工芸品の開発を進めた。それらは随時、展覧会や冊子のかたちで発表をおこなった。
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今後の研究の推進方策 |
3年にわたり、伝統工芸の名工の方々への取材を進めると同時に、京都の伝統工芸における多角的側面として挑戦的な工房や職人たちへの取材、調査、撮影、インタビューをおこなってきた。次に行うべきことは、特に現在、失われつつある京都府内の希少伝統工芸技術に着目し、調査、検証を進め、その問題点と存続の可能性を探ることである。職人および行政と連携しながら、材質、製法、デザインの調査分析を進め、アーカイブ化を計る。まず、工芸技術ごとのプロセス、歴史的変遷、工芸品の特徴について綿密に聞き取りおよび文献調査を進め、その後、職人の方たちと打ち合わせをかさねたのちに、研究室スタッフとともに写真撮影、映像収録を進めていく。現段階で抽出した希少伝統工芸は、調べ緒、引箔、京弓、刀鍛冶、雅楽器、藤布、煙管、人形手足、天鵞絨などであり、すでにその調査に着手し始めた。また、各種工芸技法を支える道具類も、かつて存在した製造業者の廃業が相次ぎ、古い道具を使用し続けるか、職人自らが製作せざるを得ない状況に陥っている。さらに工芸品の製造に欠かせない素材のなかで、例えば、漆、胡粉、楮、鼈甲などは、その生産が極端に減少あるいは、従事者が減少している。これらについてもその実態と減少の事情を調査する。 また、引き続き『京の名工展』の広報ディレクションを担当し、記録した伝統工芸技法の映像の上映も会場内でおこなう。 さらにいくつかの伝統工芸工房で、新しい工芸技法の開発にも取り組み、デザインの具体化を実現し、今後も展覧会を開催して発表をおこなう。それらの成果を工房と検証しながら新たな工芸品としての商品開発を目指すとともに、作品集としてまとめることも検討している。
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次年度使用額が生じた理由 |
順調に伝統工芸工房での取材を重ね、技法の調査、職人の聴き取り、工程の撮影、工芸品の撮影、図案の分類などを行なった。それらを元に分類整理し、原稿作成も年度内にほぼ終えることが出来た。しかしそれを冊子体としてまとめ上げ、編集、レイアウト、印刷が年度をまたぐこととなった。概ね順調に進んでいるので、それら編集、印刷代として残額の使用を間も無く終える予定である。
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