本研究は、専門家が一般の人達に知識や経験を伝え科学的認識形成を目指す際に、伝えるべき内容・解説手法をどう作り上げているかを成功事例をもとに明らかにし、科学コミュニケーションを目指す専門家が共有できる内容構成・伝達手段のモデル化を目的として行った。成功事例として、10年以上多くの小学校から継続して授業依頼を受ける野生鳥獣保護に従事する獣医師の出前授業を取り上げ、受講児童への授業前後のアンケート調査と獣医師へのインタビューによって学習者の認識変化と専門家側の内容構成プロセスを調べた。小学校2校3ー4年生7クラス198名の児童の回答を得て、アンケート設問の単一自由連想法(糸山2011)および自由記述を質的にコード化すると同時に連想エントロピー、テキストマイニングを用いて量的分析を行った。インタビューは質的コード化を行った。両方の結果から、授業前後での野鳥のイメージ変化や、認識の拡大、授業の主目的である野鳥の特徴や種類、野鳥の事故原因と防止方法が児童に伝わっていること、従って獣医師の目指す認識変化が生じていることが見出せた。このような学びの構築を可能にした要因として、獣医師へのインタビューから、1)伝えることへの明確な動機・使命感がある、2)聞いた人が後日アウトプットできることを行動目標と設定し内容を最小限にしぼる、3)既存知識の再確認と新しい気づきを組み合わせる、4)児童の認知状態の差が影響しないよう教材を準備するの4点が明らかになり、使命感が授業の目的を、目的が内容を、内容が伝える工夫を決めるという一貫したプロセスによって構成された授業が学びにつながることを見出した。専門知識を解説・授業などで伝えるとき、何をどう伝えるかの側面に傾注することが多いが、なぜそれを伝えるのか、伝えることで何を目指すのかへの明確な視点が科学コミュニケーションの成功につながることを示唆できた。
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