研究課題/領域番号 |
16K01186
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所 |
研究代表者 |
犬塚 将英 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所, 保存科学研究センター, 室長 (00392548)
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研究分担者 |
谷口 陽子 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (40392550)
佐藤 嘉則 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所, 保存科学研究センター, 研究員 (50466645)
矢島 國雄 明治大学, 文学部, 専任教授 (70130838)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 虎塚古墳 / 落下物 / 試験片 / 赤色顔料 / 結露 / 微生物調査 |
研究実績の概要 |
茨城県ひたちなか市の虎塚古墳では、近年、壁画の一部に劣化現象が進行している可能性が示唆されてきた。これまでの先行研究により、壁画の構造と材料に関する知見は得られたが、劣化のメカニズムについては十分に解明されているとは言えない。本研究の目的は、虎塚古墳壁画のより良い保存環境の設定を検討するために、壁画の劣化のメカニズムを明らかにすることである。 まずは壁画にどのような現象が起こっているのかを正しく理解するために、石室内の側壁の近くの床面にポリカーボネート製のシートを設置して、落下物の採取を継続的に行ってきた。これらの資料を顕微鏡で観察し、重量の測定を行った。また、これらの落下物が採取された箇所や季節変動についても検討を行った。そして、壁画の劣化と壁画表面における微生物の存在と影響の有無を調べるために、落下物の一部から微生物解析を実施した。 さらに、劣化のメカニズムを科学的に調べるために、虎塚古墳壁画を模した試験片の作成を行った。その際に、赤色顔料を生成するための加熱温度を数通り試みて、加熱温度と赤色顔料の劣化との関係性について調べた。そして、これらの試験片を恒温槽に入れて、温度環境の変化を強制的に与えた場合の劣化の有無を調べた。さらに、結露による影響を調べるために、恒温槽内で特定の試験片表面の温度を低下させて強制的に結露を生じさせるための実験系の構築を進めた。 虎塚古墳との比較のために、同じような気象条件におかれている茨城県水戸市近辺にある古墳の調査を実施した。これらの古墳内では結露の有無の調査、微生物調査等を実施した。また、上記の試験片を設置し、その状態の変化の観察・記録を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、虎塚古墳壁画の劣化のメカニズムを明らかにするために、1.壁画周辺の温湿度環境と壁画表面における水分の移動、2.壁画表面における微生物の存在と影響の有無との関連性、の2点着眼して研究を進めてきた。 虎塚古墳の石室内は年間を通じて相対湿度がほぼ100%であるので、石室内の温度分布は壁面での結露を引き起こす。今年度は石室内の奥壁近辺と手前に設置した温湿度データロガーに記録されたデータを解析することにより、石室内の温度分布とその季節変動について調査を行った。また、研究代表者が開発中である、壁面の水分量を非接触な手法を用いて自動計測を行う方法の基礎実験を行った。 虎塚古墳では石室内の落下物の採取を継続的に行っている。一般公開後点検時に回収される落下物の重量、採取箇所の分布、季節変動についての分析を実施した。 虎塚古墳壁画を模した試験片を製作し、劣化現象を再現するための試験を行った。今年度は恒温恒湿槽を用いて温湿度制御を行い、強制劣化試験を実施したが、現時点では劣化を再現するには至っていない。また、赤色顔料を生成する時の加熱温度による相違の有無も確認を行った。 茨城県水戸市近辺に分布する装飾古墳の中では、石室内に生物が繁茂し、その表面に水滴が付着している例も見られる。これらの装飾古墳の現地調査を実施し、採取した試料を用いて着生生物の同定分析を実施した。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度に得られた虎塚古墳石室内の温湿度データの解析をさらに進めて、石室内部の温度分布及びその季節変動から、壁面における結露発生のリスクを定量的に評価する。また、平成28年度に開発を進めた壁面水分量の自動計測システムを活用するための固定具の開発、虎塚古墳以外の場所での評価試験を実施する予定である。評価試験の結果、虎塚古墳石室内で使用できる段階に至らない可能性も想定されるが、その場合には、虎塚古墳一般公開前後の点検時に近赤外水分計を用いて得られる年2回の計測結果から考察を行う。 落下物の重量、採取箇所の分布、季節変動等の解析、及び顕微鏡観察の結果の取りまとめを開始する。 平成28年度に製作した試験片を用いて、引き続き、劣化現象を再現するための試験を行う。試験片表面に結露を生じやすくさせるために、冷却装置を組み合わせた実験系の構築を行い、試験片表面における状態変化の詳細な調査を行う予定である。 虎塚古墳石室内から採取された落下物に含まれる微生物種の同定分析と有機物の分析を実施し、壁画の劣化と微生物との関連性の有無を検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は主に2つあった。 1つ目の理由は有機物の分析を実施しなかったことにある。平成28年度に虎塚古墳石室内から採取された落下物の内容について、顕微鏡を用いて観察を行った結果、本年度の有機物の分析を見送ることにした。 2つ目の理由は虎塚古墳のように白色粘土を下地としてベンガラで彩色されている装飾を有する福島県いわき市の中田横穴の現地視察を延期したことによる。平成28年度、中田横穴では震災後初めての一般公開が実施されたという特殊な事情を鑑みて、現地視察を延期することにした。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度以降に採取された落下物を精査し、有機物の分析を行うべき試料を抽出することができたら、平成28年度に実施することができなかった有機物の分析を平成29年度に実施する予定である。 中田横穴については、文化庁、福島県、いわき市の担当者とも密に連絡を取り合い、同横穴の保存環境の状態に注視しながら、現地視察が可能であると判断できれば平成29年度に実施する予定である。
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