今年度は当初計画通りウィーンに渡航し、資料の収集を実施する一方、国際学会における口頭報告、最終的な成果のまとめを行った。ウィーンにおける資料の収集先は、オーストリア国立図書館、ユダヤ博物館付設図書館などであった。特に前者においては、貴重なDer Aufbauというユダヤ人コミュニティー発刊の月刊誌を閲覧、収集できたことは大きな成果であった。 昨年度までの資料の収集状況及び国際学会における口頭報告による成果を踏まえ、1945年5月から同年12月までの間にウィーンを中心としたオーストリアにおいて、何らかのスポーツ活動の足跡を残したユダヤ人に関して、彼らのナチス期における動静、すなわちどこで何をしていたのかについて調査し、実証、考察することを主たる課題とした。その結果、まず1945年後半期において28名のユダヤ人がウィーンを中心としたオーストリアでスポーツ活動に携わっていたことが明らかとなった。次にこの28名について、ナチス期における動静を調査したが、13名については一切が不明であった。残る15名のうち13名は、アウシュビッツ、テレジエンシュタットなどの強制収容所に移送され、戦後解放後、ウィーンに生還したユダヤ人スポーツ関係者であった。さらに2名のうち1名は、戦時下もウィーンにとどまり続け、戦後解放まで生き残り、1945年5月の早い段階からスポーツの再興に従事していたことが明らかとなった。もう1名は当初、強制収容所に収容されたが、その後、ウィーン警察に移送され、戦後に解放されていたことがわかった。 強制収容所から生還したユダヤ人にとって、戦後の生活再建は極めて厳しい状況下にあったにもかかわらず、彼らは生活再建とほぼ同時並行的にスポーツ活動の再建に従事していたことが判明した。この史実は人間とスポーツの関係性について、より深い洞察の必要性を促しているように思われる。
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