本研究では、このスポーツにおける運動を見抜く力、いわゆる運動観察能力について、特にコーチングに必要な能力の構造を明らかにするとともに、その養成方法を開発するための基礎資料を得ることを目的とした。この場合、まずスポーツの技能向上のための運動観察の意義と内容について、検討した。次に、その結果に基づいて、スポーツの技術指導に定評のある各種スポーツの、中でも大学生アスリートを指導する“職人コーチ”を対象として、練習場面の観察およびインタビュー調査から、運動観察の内容、そのように運動を“見る“ようになった背景と経緯などの情報を収集し、考察を行った。 その結果、まず運動観察は自然科学的な立場における客観的な観察と、人間学的立場における主観的な観察に分けられ、後者にはさらに自己観察と他者観察があるということが明らかになり、これによって指導者が選手の技能向上に直接寄与するための運動観察とは、マイネルの意味での他者観察であるということが明らかになった。次に、考察対象者の“職人コーチ”について分析からは、運動観察の内容は総じて単なる動きの良し悪しや欠点の発見にとどまらず、選手が練習の中で感じている運動感覚に常に寄り添い、あたかも自身がやっているかのように感じ取っているということ、またその着眼点は、各選手の目標達成に向けての時間的な制限と当該の運動の形成位相の位置づけによってその都度変えられているということが明らかになった。さらには、日々刻々と変化する選手の心身の状態や効果的な練習の場を形成するための練習仲間との関係なども、同時に運動観察を通して見極めているということが明らかになった。加えて、これらの能力養成の背景には、“職人コーチ”自身の現役時代の練習あるいは試合での経験、すなわちコーチ自身の自己観察による運動経験と当時の指導者との関係が関連しているということが明らかになった。
|