研究課題/領域番号 |
16K01814
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
山嶋 哲盛 金沢大学, 医学系, 協力研究員 (60135077)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 海馬 / ニューロン新生 / 多価不飽和脂肪酸 / GPR40 / BDNF / furin / DHA / 脳虚血 |
研究実績の概要 |
GPR40は食事由来の中・長鎖の遊離脂肪酸に反応し細胞内のCa2+動員をきたす。平成28年度は、成体脳ニューロン新生が亢進している脳虚血サルを対象とし、ニューロン新生が最大となる虚血第2週目に摘出した海馬歯状回組織とコントロール(非虚血)サンプルとをGPR40のagonistないしantagonistで処理後、ウエスタンブロットで比較した。着目したのは、mature-BDNF (m-BDNF)とその前駆体の pro-BDNF、 および 後者から前者へのプロセッシングを行う蛋白分解酵素であるfurinの3者である。GPR40のagonistとしてDHAと魚油の2種を用い、特異的なantagonistとしてGW1100を用い、これら3種のリガンドの刺激によって、正常および虚血後の海馬組織において、m-BDNF、 pro-BDNF および furinの蛋白量の発現変化を検索した。
その結果、DHAと魚油に対してはm-BDNFとfurinは有意な増加を、pro-BDNFは減少を示した。一方、GW1100に対してはm-BDNFの増加は有意に抑制されたが、pro-BDNF は抑制されなかった。すなわち、GPR40のagonistはfurinの活性化によりpro-BDNF からm-BDNFへのプロセッシングを増やし、反対に、GPR40のantagonistはそれを抑制していた。これらの発現変化は、正常(非虚血)および虚血後の海馬組織のいずれにおいてもみられたが、正常よりは虚血後組織に強く、かつ、虚血後day 7よりはday15の海馬に強い傾向がみられた。しかも、2種のPUFAの刺激効果はDHAよりは魚油の方が強かった。pro-BDNFからm-BDNFへのプロセッシングは、DHAや魚油を反応させた後、短時間で生じ、GPR40の発現増加とm-BDNFおよびfurinの産生増加は同期していた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)など、魚油由来のω3系の多価不飽和脂肪酸(PUFA)は神経細胞膜に取り込まれ主要な構成要素となるため、脳や目の発達および機能維持に必須である。DHAやEPAは学習や記憶に密接に関与していることが知られているが、PUFAの2重結合の存在によって膜リン脂質間の空隙が増える結果、神経細胞膜の流動性が高まり膜蛋白が入り込むスペースができると漠然と推定されているだけで、PUFAそのものの生物学的意義や具体的な作用機序に関しては全く解明されていなかった。平成29年度の研究で、申請者は「PUFAによるGPR40の活性化がbrain-derived neurotrophic factor (BDNF)の産生を惹起し、ニューロン新生やシナプスの可塑性を担っている」という可能性を指摘した。
具体的には、あらかじめ海馬組織内にプールされていたpro-BDNFが、PUFA-GPR40結合の刺激によって活性化されたfurinによるプロセッシングを受け、m-BDNFが産生されるものと推定された。すなわち、「PUFAが成体脳においてニューロン新生やシナプスの可塑性と密接に関与し学習や記憶能力を高める」という従来のコンセプトは、「GPR40とfurinの活性化によって、細胞内にストックされていたpro-BDNF を用いてm-BDNFが分単位で産生される」ためであると示唆する予備的な実験データが得られたことになる。つまり、PUFAが脳に果たす役割に関してPUFA-GPR40-furin-BDNFという新規の情報伝達機構の存在が示唆された。
平成29年度の研究では、本来神経細胞の機能維持に必須のPUFAが酸化型となった場合、ことにリノール酸由来のヒドロキシノネナール(HNE)は神経毒性を示すだけでなく、肝細胞や膵臓β細胞を変性させることを証明する。
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今後の研究の推進方策 |
体重5-10Kgのニホンザルを用い、全身麻酔下でヒドロキシノネナール(HNE)投与サルと対照群のサルから投与半年後に海馬や膵臓、肝臓および脂肪組織などを摘出し、液体窒素で凍結後マイナス80℃にて保存する。各群5個体(サル10頭)で実験を行う。対照群のサルには飽和脂肪酸であるために酸化損傷を受けないのでHNEにならず、しかも、GPR40のリガンドとはならないココナッツオイルを投与しておく。
次に、TUNEL法によって細胞死の数を定量化し、Hsp70.1とその関連蛋白、GPR40およびカテプシB、L、Dに対する抗体を用いて、それぞれの免疫組織化学的局在を検索する。カテプシンに関しては、リソソームに限局しているか、あるいは細胞内外に散逸しているかに着目する。海馬については、新生ニューロンのマーカーであるPSA-NCAMに対する抗体を用いて、歯状回のニューロン新生の増減を評価する。さらに、Hsp70.1とその関連蛋白およびGPR40に対する抗体を用いて、それぞれの蛋白発現量を検索する。Hsp70.1に対しては、抗カルボニル化抗体を用いてカルボニル化Hsp70.1の発現変化を評価する。Hsp70.1の関連蛋白としては、μカルパイン、Lysosome-associated membrane protein(LAMP2)、酸性スフィンゴミエリナーゼなどに注目する。組織の前処理によってリソソーム分画と非リソソーム(サイトゾール)分画とに分け、両者を比較することでカテプシン酵素のリソソーム外への放出の有無とその程度を解析する。
以上より、サラダ油由来のHNEは神経細胞を始め、肝臓・膵臓・脂肪細胞の壊死を惹起し、生活習慣病の原因となっていることを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
物品費が余ったため、次年度に繰り越しした。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度の物品費として利用する予定である。
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