研究課題
本課題では、CBS(Cystathionine beta-synthase)やCSE(Cystathionine gamma-lyase)より産生される硫化水素(H2S)、チオール(分子内に-SH基を持つ)化合物、そしてパーサルファイド(分子内に-SSH基を持つ)化合物等「含硫化合物」の生体機能メカニズムの解明を目的とする。平成28年度は、高含硫化合物モデルとして、SQR(sulfide quinone reductase-like:H2Sを細胞内で分解するミトコンドリア膜タンパク質)をノックダウンしたマウス(SQR KD)の心臓をサンプルとして、チオールの蛍光プローブであるmonobromobimaneを用いた申請者等が確立した含硫化合物の網羅的絶対定量系により測定を行った結果、H2S、ホモシステイン(Hcy)、システインパーサルファイド(Cys-SSH)、還元型グルタチオン(GSH)のパーサルファイド(GSSH)が野生型に比べてSQR KDで有意に増加していることがわかった。さらに、低含硫化合物モデルとしてCSEをノックアウトしたマウス(CSE KO)の心臓についても同様の検討を行ったところ、CSE KOでは野生型に比べてH2Sは減少傾向ではあるが有意な差は見られず、一方、Hcy、ホモシステインパーサルファイド、Cys-SSHは有意に増加していた。SQR KDはミトコンドリアの損傷による心不全を発症し、またCSE KOは酸化ストレスに脆弱であることがわかっている。今回の結果から、H2SのみならずHcy、Cys、GSHそしてそれらのパーサルファイドが心機能に重要であることが示唆された。これらの結果をもとに成29年度以降は、MALDI-MS-imaginig法を取り入れ、含硫化合物の心臓における生体機能について、空間的情報を含めたさらに詳細な検討を行う。
2: おおむね順調に進展している
組織中の含硫化合物をチオールの蛍光プローブであるmonobromobimane(mBBr)を用いて定量する際、前処理として除タンパク質処理とmBBrによる修飾反応を行う。その方法として、当初は除タンパク質処理の際にmBBrも一緒に添加していたが、得られた含硫化合物の絶対量は想定よりも10倍程度高かった。ここで、含硫化合物の一つであるH2S由来の硫黄原子のプールは2種類存在し、鉄硫黄クラスター中の硫黄原子など酸性条件下で放出されるもの(酸不安定型硫黄)と、タンパク質のシステイン残基などのチオール基にさらに硫黄が結合し、還元条件下でH2Sを放出するもの(結合型硫黄)がある。当初のサンプルの前処理方法では、タンパク質を含む組織抽出液中にmBBrを添加することにより、酸不安定型硫黄や結合型硫黄由来のH2Sも測定している可能性が示唆された。そこで、前処理方法を再検討し、組織抽出液からタンパク質を除去した後にmBBrを反応させ、H2Sの定量を行った結果、その定量絶対値はタンパク質を含む組織抽出液中にmBBrを添加したときの約10分の1となったことから、当初の方法では酸不安定型硫黄や結合型硫黄由来のH2Sも含めた存在量の過大評価をしていた可能性がある。以上のように、含硫化合物の定量方法の修正が必要となったことが今年度の当初の目的よりも遅くなった原因であるが、含硫化合物という反応性が高く定量が難しいといわれる分子の定量方法の最適化ができた点でおおむね順調に研究が進んでいると判断する。
平成28年度の結果から、H2SのみならずHcy、Cys、GSH、そしてそれらのパーサルファイドが心機能に重要であることが示唆された。よって成29年度以降は、MALDI-MS-imaginig法を取り入れ、これら含硫化合物の生体機能について、空間的情報を含めたさらに詳細な検討を行う。すでにチオール化合物、パーサルファイド化合物のMALDI-MS-imaging法による測定系の構築は進めており、組織中でGSH, GSSHの検出を試みたが該当する物質は確認されず、代わりにGSH、GSSH の酸化型化合物であるGSO3-、GSSO3-が検出された。また、GSH、GSSH の標品を用いた実験より、GSH、GSSH のGSO3-、GSSO3-への酸化反応は今回用いた質量分析イメージング装置の特徴の一つである大気圧イメージング法に特有の反応であることがわかった。さらに組織内在性のGSO3-、GSSO3-は存在せず、よって組織中に検出されたGSO3-、GSSO3-はそれぞれすべてGSH、GSSH 由来であることが判明した。その他のチオール化合物、パーサルファイド化合物についても組織切片を用いた測定系の構築は平成28年度までに完了している。よって平成29年度以降はSQR KD、CSE KOの組織サンプルを用いたMALDI-MS-imaginig法を実施し、これら含硫化合物の組織中の生体機能について、空間的情報を含めたさらに詳細な検討を行う。
「進捗状況」の項に示したように、含硫化合物の定量方法について、その前処理方法に修正が必要となり、含硫化合物の絶対定量に必要な質量分析関連の試薬、消耗品の使用量が予定よりも少なかったため。
平成29年度の質量分析関連の試薬、消耗品として使用する。
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