研究課題/領域番号 |
16K01961
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
大森 治紀 京都大学, 健康長寿社会の総合医療開発ユニット, 特任教授 (30126015)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 測光電極 / トリ聴覚神経回路 / 下丘 / 大脳皮質 / 細胞内Ca応答 / 局所電流 |
研究実績の概要 |
本研究は独自に開発した測光電極を中枢神経系機能の解析に応用する事が大きな目的である。その視点からトリ聴覚神経機構特に下丘と大脳皮質間相互作用の神経回路機能を電気活動、細胞内Ca動態そして軸索投射の3点から解析した。下丘から大脳皮質に至る上行性の回路構造および大脳皮質から下丘に至る下降性の回路構造を初めにmCherryを神経投射回路に発現させる事で観察した。下丘から上向性の回路は両側性に視床および大脳皮質に投射した。一方大脳皮質からの下降性の回路は同側性であり、視床周辺を通り下丘中心核周辺に多数の軸索投射を示した。下丘は左右の入力間で大きな差のある信号対雑音比に優れた大きな神経活動を示したが、大脳皮質では左右差は小さく信号対雑音比も限られていた。これは左右両側性の投射を受ける解剖学的な構造と整合性がある。下丘は音入力に時間的に同期した電気活動を示したが、大脳皮質の同期性は低かった。一方大脳皮質は自発的かつ緩い神経活動が細胞内Ca応答を伴って起こった。測光電極を用いて局所的に阻害剤(AP5)を投与することにより自発的および音入力に同期した緩電流と細胞内Ca応答はNMDA受容体活性により生ずる事を明らかにした。以上を総合すると、大脳皮質は入力信号の統合性に優れた神経回路機能を持ち、この情報が下降性神経投射回路を介して同側の下丘に送られることで、下丘の音情報処理の先鋭化および修飾が左右ほぼ独立して機能することが推測される。下丘では音の時間的な特性が抽出されより先鋭化された情報として上向性の神経投射により両側の大脳皮質に送られる。さらに大脳皮質では聴覚情報の認知回路として左右の半球が統合的に働き新たに形成された神経情報が下丘に送られることを繰り返す事で、高次の聴覚機能が実現できる物と考える基礎が、本年度の研究から得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
大脳皮質と下丘間の聴覚軸索投射回路をトリで始めて明らかにした。大脳皮質から下丘に至る下降性神経回路はこれまでコウモリの音源定位研究に基づき下丘の神経回路機構を先鋭化することが推測されていた。しかし、具体的な軸索投射情報など神経回路機構は明らかではなかった。今回蛍光蛋白mCherryを大脳皮質および下丘にヴィルス発現することで、1)大脳皮質からの下降性軸索投射回路が同側性である事、しかも下丘中心核周辺に軸索投射することを明らかにした。下丘中心核には蝸牛神経核から上位の全ての上向性の聴覚投射回路が集積する下丘機能の中心となる神経核である。ここに大脳皮質からの軸索投射が集中する事は下丘機能の発現に大脳皮質機能が大きな意味を持つ事を示す。また2)下丘からの上行性の軸索投射回路も、視床を超えて両側の大脳皮質に投射することを示した。上向性の聴覚神経回路は既に多くの動物種で知られている所ではあるが、軸索投射として解剖学的に明示できたことの意義は大きい。さらに音入力に同期した神経回路機能を局所電流および細胞内Ca応答として測光電極を用いて評価できた事で、下丘および大脳皮質の機能連関と統合作用を形態、神経活動および細胞内情報としてのCa動態から明らかにできた。従って十分な成果が得られた事と評価する。
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今後の研究の推進方策 |
上に報告し自己評価した研究はニワトリヒナの個体を用いたものである。動物個体である故に音への応答という行動学的な意義は高いが、神経細胞個々へのシナプス形成およびシナプスの薬理学的な特性など、微細な神経回路機構は詰め切れていない。したがって今後は、動物個体を用いた光り遺伝学の応用、あるいはこれまで実績のある脳切片を用いた研究と測光顕微鏡および測光電極を組み合わせた多角的な研究から上向性下降性の軸索投射回路の機能的な特性を明らかにする必用がある。また、トリの聴覚系は今までの豊富な経験と、神経回路機構がほ乳類に比べて単純であり、可聴周波数帯域もヒトと重なっており実験動物として使いやすいので、研究対象としてきた。しかし今回開発した研究手法は一般的な研究手法であることから、ほ乳類への研究展開も今後は進めたい。マウスラットを対象と考えるが、これらの動物には可聴周波数帯域がヒトあるいはトリに比べて高い周波数帯域に移っており、独特の実験設備および知識を要する。したがって、今後はマウスを用いた聴覚研究で実績のある金沢医科大学の小野宗範講師との共同研究を計画している。
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