研究課題/領域番号 |
16K01961
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
大森 治紀 京都大学, 医学研究科, 名誉教授 (30126015)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 測光電極 / 海馬 / 神経疾患 / 自発神経活動 / 細胞内Ca応答 / 電場電位 / GCaMP |
研究実績の概要 |
測光電極はパッチ電極として深部脳の神経組織から電気活動を記録できると同時に、光り透過性の高いガラスで作られた電極としてレーザー光を通すことで、電極先端では神経組織からの蛍光の励起と光記録が可能である。さらに局所での溶液圧注入ができる。深部脳での神経活動とCaを始めとする情報伝達物質動態の関連を明らかにする目的で本研究代表者が開発した電極法である。本年度の研究ではマウス海馬に遺伝子強制発現させたCa蛍光蛋白GCaMP6fをレポーターとして、海馬神経回路の働きを電気活動および細胞内Ca応答の視点から明らかにした。具体的には自発活動および感覚刺激で賦活されるマウス海馬の神経活動がどのような細胞内Ca信号を伴うのかを明らかにする事を今年度の目的とした。特に野生型およびアルツハイマーモデルマウス間で神経活動を比較する事で、認知行動異常に伴い起こる神経活動の変化を電気信号および細胞内Ca応答として明らかにする。すなわち、認知機能障害を細胞情報伝達系の視点から解明する手がかりを得る事を第1の目的とした。第2の目的として目指したのは、マウスを含む多様な実験動物系へ測光電極実験手技の応用を広げ、多くの研究者が活用することのできる手法として確立し、一般に普及することである。実験研究は、海馬研究に実績のある金沢医科大学生理学教室で、小野宗範准教授、加藤伸郎教授との共同研究として進めた。測光電極の光り透過性および光り検出感度を高めることで安定したCa応答の記録が覚醒下のマウスを用いて実現できた。自発神経活動および歩行行動に伴う単一神経活動および電場電位活動とCa応答を記録した。さらにアルツハイマーモデルマウスと野生型マウスの神経活動とCa応答特性を比較することで神経疾患に伴うCa応答特性の変化を捉えることが出来た。加えて、久留米医大との共同研究により測光電極法を応用し生物燐光反応を解析した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の初期にはトリ聴覚系を対象としてCa指示薬OGB1を用いた急性実験を行った。OGB1はCa反応が大きく反応速度も早く、測光電極を開発する上で役に立った。現在はウィルスを用いてGCaMP6fをマウス海馬神経細胞に局所発現することにより、覚醒下の動物行動に伴う神経活動と細胞内Ca応答の関連を検討している。しかし、海馬体で蛍光タンパク質GCaMP6fを十分量発現させるにはウィルス注入後3週間程度を要する事など、急性実験が可能なOGB1に比べて実験のサイクルを延長せざるを得ない欠点もある。一方マウスを実験対象とすることで、野生型および神経疾患モデルマウスの海馬神経活動を比較検討することが可能になった。動物行動には野生型とアルツハイマー型モデルマウスとで差がある。この違いを覚醒下動物の神経活動及びCa信号として明らかにする為に、測光電極の光感受性を増大させた。これは光屈折率の低いレジンで測光電極先端部分をコートする事で実現できた。改良した測光電極をGCaMP6fを発現したマウス海馬に応用する事で、感覚刺激あるいは自発活動に伴う神経電気活動及びCa信号が野生型マウスとアルツハイマー型マウスとで異なる事が明らかになった。アルツハイマー型マウスでは海馬CA1領域でのスパイク発射の頻度が著しく高まること、Ca応答が野生型に比して大きい事、しかしCa応答の持続時間は野生型マウスよりは短いこと等を明らかにしつつある。また測光電極法をスペクトルメーターとして応用して生物燐光スペクトルを経時的に捕らえることで、OMPがcAMPをバッファーすることが嗅覚細胞の機能調節に働くことも久留米医大との共同研究で明らかにした。したがって、測光電極法の改良および神経回路機能への応用、一般への普及は計画通り、十分な成果が得られたものと評価します。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、主に覚醒して行動中の個体マウス海馬から測光電極を用いた実験を進めた。神経電気活動とともに細胞内Ca動態を同時刻に同一脳領域で記録した。これまでの実験では海馬の神経細胞は歩行運動に伴いθ波が電場電位として発生し細胞内Ca応答を伴う事を明らかにした。しかし、Ca信号が小さく、歩行速度、あるは条件付け反射などとのCa応答の相関を明らかにすることが困難であった。今回測光電極の光感受性を上げることができたので、信号/雑音比の高い光記録を行うことが出来るようになり、測光電極法は手技的に完成したと考える。光信号と電気的な神経活動を同時に同一点で記録解析することは、神経細胞内部の情報伝達機構と、神経細胞電気活動との関連を直接明らかにすることである。この手法を脳の深部の神経組織に応用することは、脳の神経回路機能の解析に大きな意味を持つ。細胞内Ca信号だけでなく、久留米医大との共同研究で示したようにcAMPなどの細胞内情報伝達物質の動態解析にも測光電極法は応用できる。随時応用の対象を広げて実験すると共に、論文発表を行う事で、多くの神経科学者にとって標準的な実験手法となるよう今後も努力したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
マウス海馬における十分なGCaMP6fの発現量を確保し測光電極実験を行うには1回の実験に3ないし4週間を要する。このことにより、実験の回数がH30年度夏以降月1回に減少した。したがって、月2回の実験で予定していた消耗品、および旅費の支出も計画通り進まなかった。 今後は当該研究の完成をめざして、金沢医大での共同研究を進める事により次年度使用額を大事に使い切る予定です。
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