本研究では、これまで性犯罪として公的統計には計上されてこなかった痴漢と呼ばれる性暴力を中心に、痴漢行為を禁止する迷惑防止条例の制定や運用状況、痴漢被害相談件数の変動、痴漢をめぐる社会意識の変化等について調査を行い、その成果をまとめた。 性犯罪は、公的機関に届け出られた数が少ない、いわゆる暗数の多い犯罪だといわれる。とりわけ痴漢は、被害が軽視されやすく潜在化しやすい傾向にある。痴漢は、認知件数が犯罪統計として計上される強制性交(旧強姦)や強制わいせつといった刑法犯とは異なり、都道府県の迷惑防止条例が適用されることがほとんどであり、事件が検挙されて初めて犯罪統計に計上されるため、実際に被害を届け出た数値を反映しておらず、痴漢被害の実態を示してはいない。しかし、報道で言及される時には、検挙件数があたかも被害件数であるかのように扱われていることがしばしばで、被害の実情が正しく報道されていない状況にあるといえる。被害の実情を反映した犯罪統計の公表が望まれる。 電車や鉄道関連施設における性被害相談件数の推移からは、夏季には痴漢被害が減少する傾向が窺えるが、警察等による性暴力被害防止啓発活動では、薄着の季節は痴漢被害が増えるとするいわゆる強姦神話に基づくものが散見される。被害の実情に即した被害防止対策のためにも、犯罪統計の整備や活用、担当者に対する周知徹底が必要だと考えられる。 性暴力事件に関して、公的統計が十分ではないことが明らかとなったが、女性が対象となった殺人事件や暴力事件に関しても、公的統計は十分ではなく、諸外国との比較ができない状態にある。被害防止対策のためにも被害の現状を把握する必要があるが、公的統計がないことは、女性に対する暴力に関する公的機関の姿勢を示しているともいえる。
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