本研究の目的は、人間のさまざまな性現象を今日的水準における生命科学・生物学がどのように言説化しているか、またそれに対して、ジェンダー概念をもって人間の性に関わる現象を論じてきた人文・社会科学やフェミニズム言説がどのように応答しているかについて、歴史的背景をふまえつつ現状を精査し、両者間の言説的相互作用の経緯と実情を明らかにしつつ、その作業を通じて得られた知見をふまえ、両者の不毛な対立や相互不信を克服する方途を見出し、人間の性現象についてのより豊かで総合的な認識のあり方を提示することであった。 近刊予定の成果物(拙稿「ジェンダー論と生物学:永続する闘争か?」、江原由美子編『ジェンダーをめぐるコミュニケーション齟齬の研究』ハーベスト社、2019年刊行予定)は、人文・社会科学的なジェンダー研究と生物学における性的二型研究の間に見られる言説上の葛藤を、主に三つのシンポジウムの記録の分析を通して明らかにしたものであり、これによって上記目的は一定程度達成された。 しかしながら、当成果物においては、生物学・生命科学分野の言説資料について、申請時の研究計画に比べてごく限られた範囲のものしか取りあげることができなかったため、今回の研究プロジェクトが完遂されたとは言えない。特に脳神経科学についての検討は全く不十分なものにとどまってしまったと言わざるを得ない。この点については、今回の助成期間終了後も引き続き研究を進める予定である。
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