研究課題/領域番号 |
16K02086
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
西村 正雄 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (30298103)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 世界遺産 / 公共の遺産 / プライベートな遺産 / 遺産の保護 / セブ市 / ラオス / チャンパサック / 競争的遺産 |
研究実績の概要 |
2017年度は2年目にあたるため、前年度実施した内容の検討と、そこから発見した問題点の検証のためのフィールド調査を実施した。フィールド調査は、申請した通り、フィリピンのセブ市と、ラオスのチャンパサック県で行った。 フィリピン、セブ市おけるフィールド調査では、前年度までの調査で見られた遺産をめぐる各家族間の競争について、更なるインタヴュー調査で検証する作業を行った。自己の家族の歴史手的正当性と、貢献度を、遺産を用いて説明する傾向が見られた。ここでの有名な遺産は、ほとんどがスペインの植民地化によって建てられた教会建造物、またはそれに類するモニュメントが多いが、それらを重要な「公共の遺産」と認識しつつも、自今家族の遺産をまず優先させ、その関連から公共の遺産を語るものが多いことが分かった。 そこで、2017年度、セブ市における別の住民、すなわちムスリムの人たちの遺産の考え方を調べることで、一般的なカソリックの住民と同じような傾向が見られるのかどうかを、検証する必要があった。 そこで2017年度次のフィールド調査を実施した:①セブ市のモスクを訪ねそこの司祭(イマム)にインタヴューを行い、一般的にセブ市内におけるイスラム教関係の遺産をマッピングした;②セブ市内隣接のマンダウェ市のムスリムコミュニティに赴き、遺産の概念、特に家族の遺産と、市内の公共の遺産についてインタヴュー調査を行った。その結果、プライベートな遺産と公共の遺産について、カソリック系の住民の遺産概念とほぼ同じ結果がみられたが、遺産についての家族間の競争意識ははるかに弱いことが判明した。 ラオスのチャンパサックにおける調査は、前年に引き続き、農村部で行った。2つの地点で重点的な調査を行った:①世界遺産の周辺部の村人の遺産概念;②チャンパサックの町の中心部におけるゲストハウス、レストラン経営者の意識調査である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今回のプロジェクトの目的は2つある。1)遺産に対する考え方の多様性を認識し、それをまずマッピングすること;2)その多様性を起こさせる原因を探求するため、東南アジアのまったく社会-文化的背景の異なる2つの地域を選んで比較することで、要因を特定化することである。この研究課題について先行研究が見られないため、我々自身によるフィールド調査を積み重ねて基本情報を収集してきた。現地の研究者の協力、また研究室関係の研究者との共同研究の協力を得ており、それぞれの研究者も成果を出している。基本情報の収集は、極めて順調に進んでいる。 この結果、研究プロジェクトの2年目である2017年までにすでに、遺産保護の概念の中核が比較の中から明らかとなってきている。すなわち、遺産保護の「モラル」の形が、多様であることが見えてきている。フィリピンの遺産の概念には常に自身の家族や親族グループを中心とする結束を示し、アイデンティティを示そうとする競争の原理があり、公共の遺産はその競争を強める形で認識されている様子が見られる。これは、モスリムの社会でも同様の傾向が見られるが、カソリックの社会に比べ、競争の感覚はやや弱められていることが分かった。 一方ラオスのチャンパサックでは、世界遺産に登録されている公共の遺産と、家族の遺産は明確に二つ別のカテゴリーとして認識されいる様子であり、遺産保護について公共のモラルがより強く認識されている。ここでは、遺産の保護、遺産の継続を述べるとき、まずそうした公共の遺産が先に考えらえるように思われる。この二つの遺産地域に住む人々の遺産認識の比較研究を通して、すでに遺産に対する考え方の多様性は認識は明確に確認でいるようになっている。ただ、まだインタヴューで調査してきた家族など、居住域の違いを考慮するなど、もう少し多様なサンプルは必要と思われるため、さらに研究を進めてゆく必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
2018年度は本研究プロジェクトの最終年にあたるため、まとめの段階に入る。次の計画によってまとめる。①本研究の目指したものとで明らかになった点と、新たに出てきた問題点を明確に分類する;②本研究のスコープ内で明らかになった点を確証するため、補足のフィールド調査を行う;③明らかになった点とこれから解明すべき問題点を検証する目的で、フィールド現地に通ずる研究者を集めた国際会議を開催する。2つのフィールドでの国際会議が時間と、準備の都合で難しい場合、一か所のフィールドに関する国際会議を開く;④こうして国際会議等で他の研究者の検証を経た結果について、出版物として発表する。 また、国際会議を経て、さらに問題点の絞り込みを行い、次の研究プロジェクト構築のための問題点の絞り込みを行う。次のプロジェクトでは、理論的枠組みを示したうえで、問題意識を共有するフィールド現地の研究者と、他国の研究者を交えた国際チーム編成行ってゆく。そのプロジェクトにつなげるための萌芽的な研究を最後の年の研究に久美子こむ予定である。2点ある。①いままで遺産を一括してとらえてきたが、もう少しきめの細かい調査が必要になってくる。本研究の次につなげるために、その細かいカテゴリーごとの調査を開始してゆく必要がある。具体的には、有形遺産と人々の関係、そして無形遺産と人々との関係などである。特に無形遺産に関しては、もっと生活と密着して存在しており、そうした遺産の認識、保護について、有形の遺産と同じ感覚を持つのかどうか、最後のまとめとして、インタヴュー調査を通して検証してみたい;②2017年までの研究で明らかとなってきた、遺産の概念の多様性を起こさせる源としての「モラル」の問題がみえきた。このモラルの根源はどこにあるのか、今後探求してゆく。その萌芽的調査を最後に行ってゆくつもりである。
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