本研究の目的は、精神疾患の病理を通してみた西洋古典古代の人間観の特質を、古典ギリシア語・ラテン語の原典資料等の内容分析をもとに、実証的に解明しようというものであった。本研究では、紀元前5世紀における経験科学としての医学の誕生が、この種の疾患をめぐるギリシア人の共通理解に大きな転換をもたらしたという事実に着目することによって、ギリシア古典期からヘレニズム期・ローマ期にいたる西洋古典古代の人間観の展開において、医学者たちがどのような思想的貢献をなしたかを明らかにすることに主眼をおいて、考察を進めてきたわけである。 本研究の最終年度にあたる令和元年度(2019年度)には、ヒッポクラテス(前460年頃~前375年頃)によって、医学が哲学と一線を画する経験科学の一部門として確立されていくという状況の中で、彼の医学派の医学者たちが精神疾患の病理とメカニズムの解明にどのような貢献をしたかという点を、ヒッポクラテスの医学派において「脳中心主義」(脳を人体の中枢器官として位置づけるという立場)の伝統に立っている代表的な医学書『神聖病について』の著者の議論を手がかりとして明らかにしていった。 その上で、この医学書の議論の内容が、精神疾患の病理とメカニズムをめぐる古典期末からヘレニズム期の医学者たちの議論にどのような影響を与えたのかという点を明らかにしていった。 以上、本研究の主要な課題に関しては、当初の研究計画に照らして、ほぼ達成されたと判断される。
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