臨床倫理学は個別具体的なケースの理解に始まり当のケースにおける倫理問題の解決を目指す。米国で誕生した臨床倫理学は、オランダを拠点としてヨーロッパ北西部で独自の発展を遂げた。幾多の流派がある中に、解釈学的アプローチが命脈を保っている点で、世界に類をみない。本研究ではオランダの臨床倫理学の発展の歴史的・文化的背景、そして各流派の特性を明らかにした。医学生に対して解釈学的アプローチを教えると、ハードルが高すぎて使いこなすことができない。しかし、他の流派の方法では、ケースの理解が浅くなりがちである。そこで、折衷的で図式的性格の強いジレンマ・メソッドに、解釈学的要素を加味するようプロトコルの改良を行った。 道徳諸原理を個々のケースに演繹的に適用するトップダウン型の原則主義臨床倫理とは異なり、解釈学的臨床倫理は関係当事者の選好や価値観、人生観を理解するように努め、その上で望ましい医療のあり方について判断を行おうとする。すなわち、語りや振る舞いから、関係当事者のものの見方と意向とを汲み取ることを前提に組み立てられている。それゆえ、解釈学的臨床倫理学を基礎づけようとするならば、フリードリヒ・シュレーゲルによる挑発的な批判に応える必要がある。シュレーゲルは安直な理解可能性の盲信を戒め、クラデニウスらからシュライアマハーへと流れる「話者以上によりよく理解する」ことを目指す立場に異を唱え、「よりよき理解」は通過点に過ぎないと説き、テクストを作者から切り離すことによって心理や意図への過剰な肩入れを退け、さらには当のテクストが安定した文脈や意味の一貫性、統一性をもつことを想定する立場の危うさを説いた。かかる立場と近接したシュライアマハーの解釈学との対比から、臨床倫理学の基礎づけへの足がかりを得た。
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