本研究の最終年度である2019年度の研究実績は、以下の二つの視座から、友敵感情論との関連における「共通感覚」の倫理学をなしている諸論点を解明した点にある。 まず第一に「共通感覚」の展開がカントの『判断力批判』の再解釈によって提示しうるものとなることを書評論文(「ゲルノート・ベーメ『新しい視点から見たカント『判断力批判』」書評」)と、ハンナ・アーレントの判断力論に即して解明した(論文「政治的判断力と観想的判断力を架橋する──アーレントの判断力論再考」)。それによれば、カント美学の発想の射程が多くの市民に開かれた日々の生活世界に及ぶ。ここにはヨーロッパ啓蒙期の近代社会の市民が基づく趣味判断のパラダイムが素描されており、人々の共有する共通感覚の枠組を提示することによって、市民的教養の開化と陶冶を推進することが目指されていたのである。 第二に、この大きな帰結は、歴史への問いへと結実する。つまり、「共通感覚」の倫理学は、ひとつの歴史的感覚への応答として説明しうるのである。このことを、デリダの系譜学的脱構築の企てに沿って論じた(「「歴史をつくる」──ジャック・デリダの系譜学的脱構築にむけて」)。デリダによれば、これはひとつの真理感覚として解釈することができる。歴史において嘘とされた言明には、当の概念があらかじめ準拠しうる事実存在しないことがままある。実のところ歴史的出来事には「真理をつくり出す」次元があるということをデリダは究明するのである。 本科研費の研究成果は、単著『ジャック・デリダ──死後の生を与える』(岩波書店)および、訳書(付解説)ロドルフ・ガシェ『脱構築の力』(月曜社)の刊行によって最終的にまとめることができた。
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