研究課題/領域番号 |
16K02116
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
金山 弥平 名古屋大学, 人文学研究科, 名誉教授 (00192542)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 探求 / 考察 / 懐疑 / 数学 / 倍積問題 / プラトン / 『ティマイオス』 / 自然学 |
研究実績の概要 |
当該年度は、プラトンの数学と自然学におけるスケプシス(考察)を中心に研究を行なった。イデア論と密接に関係するプラトンの数学観は、魂をイデアの知的世界に向け変える役目をもつ。しかし人間は同時に、目の前の視覚的図像などの感覚的な手段なしでは、数学的考察を遂行できない。この関連で興味深いのが、立方体の倍積問題へのプラトンの解法として伝えられているものである。これは道具を用いての解法であるため、従来の主流解釈は、これを、数学・幾何学の純粋性を重んじるプラトンの解法ではないとみなしてきた。しかし、この問題解答の試みにおいて通常用いられない道具が使われてはいるが、道具の使用に限ってみれば、幾何学で一般に使用されるコンパスや定規も、この道具と(長さではなく、角度を基準に据える点を除けば)何ら異ならないのではないか。この問題に関する英語論文を、まだ未公刊であるが、資料テクストの詳細な検討を加えて完成した。できるだけ早く発表したいと考えている。 数学の純粋性との関連で、2020年末に他界した科学史家、佐々木力による『数学的真理の迷宮―懐疑主義との格闘』のために私が執筆した書評にも言及しておきたい。佐々木は、ギリシア文明はアゴーン(競争)の精神に貫かれており、後にアカデメイアの懐疑主義に発展していくプラトン的対話論争も例外ではなく、それがギリシア数学の公理体系の確立を促したと考える。私自身、この考えに賛同しており、書評執筆を通して、本研究の主題「西洋古代哲学におけるスケプシス(skepsis)の展開―考察から懐疑へ―」のさらなる展開のための視点を得ることができた。 また第三に、プラトン『ティマイオス』翻訳を進めた。同書で展開される、自然学の領域でのエイコース・ロゴス(ありそうな・似たような物語)も、理性的考察のための確実性追求と、人間の考察の不確かさにまたがる点で、本研究と大きな関連性をもつ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2019年度―2020年度は、文部科学省関係の東京出張に多くの時間を割かれた。とくに2020年度は新型コロナ蔓延が招いた特殊事情により、通常の年度にはるかに勝る時間と労力を、この東京での作業のために費やすことを強いられた。幸いにして、この業務は2021年3月をもって終了したので、2021年度への期間延長が認められたその恩恵を、十二分に活用したいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
研究は二方向から行なう。一つは、プラトン『ティマイオス』の翻訳の完成である。この翻訳作業を通して、数学的な厳密科学と、自然学的な経験科学の間のせめぎ合いという角度から、「西洋古代哲学におけるスケプシス(skepsis)の展開―考察から懐疑へ―」にアプローチしたい。 また、上述したところの文部科学省関係の責務のために一時中断していた、プラトンの認識論・方法論に関わる研究書の執筆を再開する。 前者については、サンティアゴにあるチリ・カトリック大学のマルセロ・ボエリ教授から『ティマイオス』関係の論文集への寄稿を求められており、また後者については、同教授から、考察と徳の関係に対するプラトンの立場に関して、今秋、Zoom講演をするよう依頼されている。 コロナ禍のため、海外の研究者との交流は困難な状況にあるが、可能な形態を利用しつつ、本研究を進めていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた主たる理由は二つにまとめることができる。第一に、東京での文部科学省関係の責任ある仕事を2019年度―2020年度に担当しなければならなかったこと。とくに、2019年度は統括的責任者を補佐する役割であったが、2020年度は、その責務を引継ぎ、全体のマネジメントの責任を負ったこと。 第二に、コロナ禍の影響。コロナの問題は、一方では、東京でのマネジメントの仕事の負担をいや増しに大きくした。他方で、コロナ禍のため、またそれとともに、2020年3月に退職し、名誉教授となったことのため、研究拠点を置く名古屋大学に行き、研究推進のための比較的大きな物品購入の手続きをすることができなくなった。また、小規模の物品購入については、他の研究支援で賄うことができた。さらにまた、当初予定していた講演・研究発表のための海外出張が不可能になった。 2021年3月をもって、上記の文部科学省関係の仕事は終わったので、これから集中して研究する所存であり、そのための物品購入と、可能なら国内外での発表のために、2021年度使用額の生じている研究費を用いていきたいと考えている。もちろん現在のコロナの状況からすると、いずれについても大きな支障が予想されるが、現状で可能なことを地道にやっていく計画である。
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