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2017 年度 実施状況報告書

哲学的当事者研究の展開:重度・重複障害者と慢性疼痛患者のコミュニケーション再考

研究課題

研究課題/領域番号 16K02120
研究機関神戸大学

研究代表者

稲原 美苗  神戸大学, 人間発達環境学研究科, 准教授 (00645997)

研究分担者 浜渦 辰二  大阪大学, 文学研究科, 招へい教員 (70218527)
村上 旬平  大阪大学, 歯学部附属病院, 講師 (70362689)
池田 喬  明治大学, 文学部, 専任准教授 (70588839)
津田 英二  神戸大学, 人間発達環境学研究科, 教授 (30314454)
研究期間 (年度) 2016-04-01 – 2019-03-31
キーワード臨床哲学 / フェミニスト現象学 / 慢性疼痛 / 障がい者支援 / 非言語的コミュニケーション / 身体論 / 海外情報交換
研究実績の概要

平成29年度においては、所記の目標であったように、言語化できない症状(疼痛)を抱えた当事者の視点から既存の当事者研究の有効性を問い始めた。まず、平成29年11月17~19日に造形制作ワークショップを3回神戸大学で開催した。参加者は異なる疼痛を抱えた3名の当事者、それぞれの痛みをアート化する試みをデボラ・パッドフィールド(Deborah Padfield)氏(The Slade School of Fine Art、University College of London)とともに実践した。3名はそれぞれの疼痛についてパッドフィールド氏と語り合い、それぞれが疼痛をイメージした造形を制作し、氏がそれらの造形作品を写真にした。その後、氏と参加者全員で写真を見ながら、自らの疼痛について考え、語り直した。

11月21日に学術シンポジウムを開催し、ロンドンにあるセント・トーマス病院の疼痛患者たちとのアート実践についてパッドフィールド氏が基調講演を行った。その後、ワークショップの参加者3名が制作した造形作品を披露し、各自が作品について説明し、氏とともにそれぞれの疼痛について対談をした。シンポジウムの後半に、東京で当事者研究の活動を続けている水谷みつる氏(こまば当事者研究会)に今までの当事者研究の経験や、どのようにアート表現が当事者の経験を言語化するためのツールになり得るのかについて講演を行った。シンポジウムの最後に全体討論の時間を持った。シンポジウムの参加者は31名、(うち、院生3名ほど、歯科医師、他大学のダンス研究者、慢性疼痛の当事者、音楽学者、心理学者、哲学者、看護や障がい者支援のあり方を考えている研究者など)が集まり、痛みの表現、その伝え方について奥深い議論ができた。

平成29年度の研究では、哲学とアートの知見を取り入れ、疼痛当事者のコミュニケーション支援について考えを深めた。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

平成29年度、本研究の海外研究協力者であるデボラ・パッドフィールド(Deborah Padfield)氏(多くの慢性疼痛患者たちと共に「痛み」をアートにすることを試みてきたイギリスの写真芸術家、The Slade School of Fine Art・University College of Londonの研究者)を招へいした。3名の調査協力者がそれぞれの「痛み」を造形化し、その後、当事者研究のように自らの痛みを研究するワークショップを神戸大学で開催した。3日間のワークショップで「痛み」を表現できない当事者にとって、自らの痛みを「見える化」した。パッドフィールド氏やほかの当事者と共に痛みの感覚を言語化できるようになり、そのプロセスで当事者の疼痛が癒されることが明らかになった。その後、国際シンポジウムの中でパットフィールド氏に基調講演をしていただき、日本の研究者(心理学者、哲学者、歯科医、社会教育の専門家)、アーティスト、疼痛当事者などが集まり、多角的な議論ができた。

残念ながら、日本の医療従事者(慢性疼痛患者の支援者)をシンポジストとして招くことが叶わなかった。しかし、本研究の分担者である大阪大学歯学部附属病院講師の村上旬平氏が、歯科治療の際に起こる急性疼痛と慢性疼痛の違いを指摘し、急性の痛みにはパッドフィールド氏の実践が適さないことも話し合われた。

パッドフィールド氏との実践に影響を受け、新たな現象学的な質的研究の可能性を探り始めた。平成29年11月25日に開催された日本現象学・社会科学会第34回研究大会のシンポジウム「当事者の声を聴くことから研究へ」で、現象学的看護研究者の西村ユミ氏と社会学者の白井千晶氏の提題を受ける特定質問者として登壇し、パッドフィールド氏の実践を紹介し、当事者の声を聴くための仕掛けとして痛みをアート化し、それについて語るという方法を提案した。

今後の研究の推進方策

平成30年度は、平成28年度・平成29年度の研究実践を踏まえて、重度身体障害のある当事者や疼痛当事者とのコミュニケーションを再考し、それらについて現象学的に分析をし、全体としての研究成果をまとめることに着手する。本研究では、当事者の主観的な感覚や経験に重きを置いてきた。

これまで多様な「障害」や「生きづらさ」を研究対象にする中で、言語表現が難しい当事者、または、言語表現できない症状をもった当事者の視点から既存の当事者研究の有効性を考えてきた。本研究では、哲学(主に現象学)の考え方を取り入れ、重度・重複障害児(者)や慢性疼痛患者とその医療者・支援者との間のコミュニケーション力の向上に特化してきた。平成30年度は、新たな当事者研究の方法を提案し、その成果をまとめ、教育・医療・福祉の現場にフィードバックしたい。今後の課題として挙げられることは、過去2年間の実践では教育系、福祉系、歯学系の研究者とはコラボできたものの、医療者とはあまり研究交流できないままだった。今後は実践を文章化し、看護系研究者と共に疼痛の表現について研究交流をする予定である。

具体的には、平成30年9月にパッドフィールド氏がロンドンで研究会を企画しており、そこで発表する予定になっている。その際、慢性疼痛当事者とその支援者(医療者を含む)のコミュニケーションを改善するために、「アートを使った当事者研究」「アーティストとコラボレーションする疼痛の見える化」について掘り下げて考えたい。それは、当事者の経験をそのまま記述し、研究していく意義を考えるために、重要な手掛かりになるだろう。最後になったが、研究のアウトプットも真剣に考えている。国内研究会で研究成果について発表し、研究分担者との共著研究論文なども書き進めていく予定である。

次年度使用額が生じた理由

平成29年度の研究プロセスを話し合う中で、デボラ・パッドフィールド(Deborah Padfield)氏に歯科医院を訪れる患者さんの歯痛の表現を研究しようと持ち掛けたところ、歯痛は殆ど急性的なもので、表現することがとても難しいと言われた。歯科関係者や医療関係者をシンポジウムに招聘しようと考えていたが、そのプランが少し変更になった。さらに、パッドフィールド氏は疼痛患者の詳細な経験を表現したいと提案し、3名の異なる慢性疼痛の経験のある当事者が研究協力者に対してワークショップをすることになった。うち2名が近距離の移動だったため、旅費や謝金が当初の予定よりかからなかったため次年度使用額が生じた大きな理由だと思われる。平成30年度は、研究成果をまとめて、国内外で研究のアウトプットや情報交換をするため、次年度使用額を旅費として使用する計画をしている。

  • 研究成果

    (27件)

すべて 2018 2017 その他

すべて 雑誌論文 (9件) (うち査読あり 6件) 学会発表 (10件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件) 図書 (4件) 備考 (1件) 学会・シンポジウム開催 (3件)

  • [雑誌論文] 北欧ケアの思想的基盤を掘り起こす:活動報告2018

    • 著者名/発表者名
      浜渦辰二
    • 雑誌名

      池田喬・合田正人・志野好伸共編『異境の現象学ー〈現象学の異境的展開〉の軌跡2015-2017

      巻: 1 ページ: 3-18

  • [雑誌論文] 看護の原点を見つめてー臨床哲学の視点からー2018

    • 著者名/発表者名
      浜渦辰二
    • 雑誌名

      日本赤十字看護学会誌

      巻: 18(1) ページ: 63-67

  • [雑誌論文] Smith-Magenis症候群の歯科的所見2018

    • 著者名/発表者名
      松川綾子,村上旬平,三原丞二,畔柳知恵子,田中健司,藤代千晶,財間達也,藤川順司,秋山茂久
    • 雑誌名

      障害者歯科

      巻: 39 ページ: 38-44

    • DOI

      10.14958/jjsdh.39.38

    • 査読あり
  • [雑誌論文] 障害とスティグマー嫌悪感から人間愛へ2017

    • 著者名/発表者名
      稲原美苗
    • 雑誌名

      思想

      巻: 1118 ページ: 42-54

  • [雑誌論文] On Dis/Ability in Husserl’s Phenomenology2017

    • 著者名/発表者名
      HAMAUZU, Shinji
    • 雑誌名

      臨床哲学

      巻: 19 ページ: 79-94

    • 査読あり
  • [雑誌論文] Thalamo-insular pathway conveying orofacial muscle proprioception in the rat2017

    • 著者名/発表者名
      Sato F, Uemura Y, Kanno C, Tsutsumi Y, Tomita A, Oka A, Kato T, Uchino K, Murakami J, Haque T, Tachibana Y, Yoshida A.
    • 雑誌名

      Neuroscience

      巻: 365 ページ: 158-178

    • DOI

      10.1016/j.neuroscience.2017.09.050.

    • 査読あり
  • [雑誌論文] 格差社会におけるインフォーマルな相互支援の意味:「開かれた公共性」に向けた社会教育の課題2017

    • 著者名/発表者名
      津田英二
    • 雑誌名

      生涯学習・社会教育ジャーナル

      巻: 10 ページ: 101-116

    • 査読あり
  • [雑誌論文] 「障害者の基礎教育保障」は「共生保障」になりえるか2017

    • 著者名/発表者名
      津田英二
    • 雑誌名

      基礎教育保障学研究

      巻: 1 ページ: 36-48

    • 査読あり
  • [雑誌論文] 合理的配慮は福祉教育・ボランティア学習を生み出すか?2017

    • 著者名/発表者名
      津田英二
    • 雑誌名

      ふくしと教育

      巻: 23 ページ: 42-46

    • 査読あり
  • [学会発表] Philosophy Cafe Dialogues as the Phenomenological Foundation for a Feminist Exploration of the Lived World of Mothers Who Have Raised Children with Disabilities2017

    • 著者名/発表者名
      INAHARA, Minae
    • 学会等名
      Nordic Society for Phenomenology 15th Annual Conference PHENOMENOLOGY AND THE BODY CONTEMPORARY PERSPECTIVES
    • 国際学会
  • [学会発表] Art Exhibition: Pain and Expression (Deborah Padfield with Minae Inahara, Maki Noguchi, and Mitsuru Mizutani)2017

    • 著者名/発表者名
      INAHARA, Minae
    • 学会等名
      国際シンポジウム「痛みの表現と当事者研究」
  • [学会発表] 「当事者の声を聴くことから研究へ」 西村氏・白井氏への質問2017

    • 著者名/発表者名
      稲原美苗(特定質問者)
    • 学会等名
      日本現象学・社会科学会 第34回大会
  • [学会発表] インクルーシヴな大学教育の意義について考える―河合翔氏・ナム・ボラム氏との対談2017

    • 著者名/発表者名
      稲原美苗
    • 学会等名
      障害学生の「学び」から見るインクルーシヴな大学教育の意義と課題
  • [学会発表] 大阪大学での10年間2017

    • 著者名/発表者名
      浜渦辰二
    • 学会等名
      関西哲学会第70回大会 ワークショップ「これまでの哲学教育、これからの哲学教育」
    • 招待講演
  • [学会発表] 歯科スプリントによりチックと強迫性障害が軽減したTourette症候群の1例2017

    • 著者名/発表者名
      村上 旬平, 藤川 順司, 青木 希衣, 毛利 泰士, 中島 好明, 深澤 映美, 関根 伸一, 秋山 茂久
    • 学会等名
      第34回日本障害者歯科学会総会および学術大会
  • [学会発表] 構音未習得の高齢聴覚障害者と聴者における舌圧の比較2017

    • 著者名/発表者名
      齋藤奈奈,松尾貴央, 村上旬平
    • 学会等名
      第23 回日本摂食嚥下リハビリテーション学会
  • [学会発表] 障がい者生涯学習支援の展望と支援―「全国障がい者生涯学習支援研究会」の発足にあたって2017

    • 著者名/発表者名
      津田英二(指定討論)
    • 学会等名
      日本特殊教育学会第55回大会
  • [学会発表] 都市型中間施設の効果と課題:「のびやかスペ-スあ-ち」10周年調査の質的デ-タ分析から-2017

    • 著者名/発表者名
      津田英二
    • 学会等名
      日本福祉教育・ボランティア学習学会第23回大会
  • [学会発表] 地域共生社会の実現にむけた地域づくりと福祉教育・ボランティア学習を考える2017

    • 著者名/発表者名
      津田英二
    • 学会等名
      日本福祉教育・ボランティア学習学会第23回大会
  • [図書] 可能性としてのフッサール現象学―他者とともに生きるために2018

    • 著者名/発表者名
      浜渦辰二
    • 総ページ数
      487
    • 出版者
      晃洋書房
    • ISBN
      978-4-7710-2995-8
  • [図書] 北欧ケアの思想的基盤を掘り起こす2018

    • 著者名/発表者名
      浜渦辰二(編著)
    • 総ページ数
      296
    • 出版者
      大阪大学出版会
    • ISBN
      978-4-87259-595-6
  • [図書] On Development from Hussar’s Phenomenology - Between Phenomenology of Intersubjectivity and Clinical Philosophy of Caring2018

    • 著者名/発表者名
      HAMAUZU, Shinji
    • 総ページ数
      310
    • 出版者
      Graduate School of Letters OSAKA UNIVERSITY
    • ISBN
      1345-3548
  • [図書] スペシャルニーズのある人へ ライフステージを考えた口腔ケア2018

    • 著者名/発表者名
      村上旬平(分担執筆)
    • 総ページ数
      292
    • 出版者
      一般財団法人 口腔保健協会
    • ISBN
      978-4-89605-341-8
  • [備考] 国際シンポジウム「痛みの表現と当事者研究」

    • URL

      http://www.h.kobe-u.ac.jp/ja/node/4873

  • [学会・シンポジウム開催] 国際シンポジウム「痛みの表現と当事者研究」2017

  • [学会・シンポジウム開催] 痛みを造形作品にするワークショップ2017

  • [学会・シンポジウム開催] 障害学生の「学び」から見るインクルーシヴな大学教育の意義と課題2017

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公開日: 2018-12-17  

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