研究課題/領域番号 |
16K02122
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研究機関 | 龍谷大学 |
研究代表者 |
入谷 秀一 龍谷大学, 文学部, 准教授 (00580656)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 語り / 苦悩 / バイオグラフィー / 性愛 / 世代 / 1960年代 / 社会の男性化ないし女性化 |
研究実績の概要 |
昨年度の研究成果の一つ(加藤哲理・田村哲樹編『ハーバーマスを読む』、ナカニシヤ出版(2019年夏に出版予定)、第2部第6章「ハーバーマスと批判理論」、脱稿済み)によって、フランクフルト学派内においても、またその外部からの評価に関しても、フェミニズムの意味合いが異なることが示された。具体的には、生殖や家族、身体的な快楽といったテーマに第一世代(アドルノ、ホルクハイマー、H・マルクーゼ、フロム等)が集中的に取り組んだのに対し、第二世代を代表するJ・ハーバーマスがこれらを殆ど無視しており、その普遍的かつ「男性的」な志向が第三世代のA・ホネットなどにも影響を与えていることが示された。そしてこれと連動して、バトラーやD・コーネル、J・ディーンやN・フレイザーのような主だった英米圏のフェミニストが、ハーバーマスを批判するためにアドルノを持ち上げる、といった動きを展開していることも明らかになった。 そこで今年度は、ある意味原点に立ち返り、そもそも第一世代が活躍した20世紀中盤において、フェミニズムはどういう文脈で、またどういう「経験」として自覚されたかを考察し、それによってアドルノのいう「苦悩の表現」が、個人的かつ政治的な身体経験として社会に共有されてゆくプロセスを整理した。その研究成果は、昨年秋に刊行された拙著『バイオグラフィーの哲学――「私」という制度、そして愛』(ナカニシヤ出版、306ページ)に組み込まれた。またこの拙著を巡っては、シンポジウム「「私」の変容、愛の変容 入谷秀一『バイオグラフィーの哲学』合評会」が國學院大學で今年の2月に開催され、フェミニズム研究者のみならず、批判理論の専門家からも好評と実りある批判を頂いた。そのリプライ論考は、今年度中に発表予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究実施期間中に、出版社(ナカニシヤ出版)より、苦悩や語り、性愛といったトピックについての哲学的・哲学史的論争をまとめ、書籍化する話を受けた。これによって、批判理論とフェミニズムという当該テーマの研究にやや遅れが発生したが、他方で、両者が遭遇する20世紀の知的・社会的・あるいは政治的状況についての幅広い考察が可能となった。またこれを出版したことを機縁として、シンポジウムの形で合評会が開かれ、国内のフェミニストや身体論研究者、批判理論の専門家と濃密な学術交流ができたことは、当該研究を推進のみならず、様々な新境地へとこれを発展分岐させてゆく基盤となった。 他方で、1970年代以降のドイツ国内におけるフェミニズム論争やハーバーマス以外の第二世代の社会哲学の進展については、焦点をしぼった考察が十分とは言い難い状況であり、そのため研究実施期間を1年延長し、よりアクチュアルな思想動向について調査を試みる予定である。具体的には、主としてかつてのアドルノの教え子であり、学生紛争以降は社会学・社会哲学者・フェミニスト研究者として活躍したR・ベッカー=シュミットの著作や活動に注目し、戦後ドイツのフェミニズムという大枠の中で焦点や主要関心がどのように移動・変容してきたのかを見極めたい、と考えている。
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今後の研究の推進方策 |
前述の予定と重なる部分もあるが、今後の研究方針として昨年度に提示した通り、アメリカのフェミニズム研究の第一人者D・コーネルのアドルノ論(Renée Heberle (ed.), Feminist Interpretations of Adornoに収録のインタビューなど)を研究媒体に載せて公刊し、さらに最前触れたベッカー=シュミットのテクスト(特に批判理論について論じているもの)の分析・検討を行う。さらに彼女も参加している、フランクフルト大学に近年併設された「女性および性関係の研究のためのコーネリア・ゲーテ・センター」とコンタクトを取り、学術交流を深め、現代ドイツにおいて性を巡る問題――とりわけ、性の多様性や性表現がどのように議論されているか、ということの現状と課題――を考察し、報告する。これに加え、近年、批判理論の機関紙として注目されているWestEndの論考や特集を丹念に読み解くことで、ホネット以降の新世代の批判理論研究者が性愛や身体について、どのように議論しているかという点についても、持続的な調査を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
主たる理由は、研究期間を延長し、最終年度に使用するためである。当該の助成金の使用計画については、資料収集の他、国際的な学術交流、翻訳論文の掲載料、および最終報告書作成等に充当する予定である。
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