研究課題/領域番号 |
16K02126
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
大西 克智 熊本大学, 大学院人文社会科学研究部(文), 准教授 (60733996)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | モンテーニュ / ソクラテス / 宗教改革 / 自由意志 / オッカム / 自然 / 信と知 |
研究実績の概要 |
昨年度に引き続き、今年度も「意志と自由の系譜学」構想の基盤形成に注力した。具体的には、『モンテーニュー魂の軌跡』と題するモンテーニュに関するモノグラフの執筆である。一般に、モンテーニュは自由意志の問題と縁遠いようにみなされる傾向にあるが、モンテーニュの直面した問題は、中世から近世そして近代以降、いわゆる自由意志論が質的に変化してゆく過程をたどる上で、避けては通れないものであると本研究代表者は考えている。問題とは、第一に、人間の「自然性(本性)」をいかに捉えるかという問題であり、第二に、宗教に帰されるいわゆる「信仰」と哲学的な「知」の分離をいかに再構成するかという問題である。 第一の問題について考える上で大きな鍵になるのがモンテーニュによるソクラテス受容であり、その受容形態を正しく評価するために、本年度は、プラトンを筆頭とするソクラテス関連の歴史記述を幅広く精査した。第二の問題については、ルターによる宗教改革のインパクトを、一方で中世の唯名論者オッカムに遡り、他方で16世紀フランスの人文主義と突き合わせ、同時にルター自身による農民弾圧の経緯を狭義の西洋史研究に学びつつ、測定する作業を進めた。いずれの問題に関しても、『エセー』に展開されてるモンテーニュ自身の思想との擦り合わせを念頭に置きながら調査を進めて来た。その結果として、日仏を問わず、従来提出されたことのないモンテーニュ像および『エセー』解釈が徐々に出来上がりつつあるという感触を得ている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「意志と自由の系譜学」構想の基盤形成にモンテーニュ論が必要になるという一昨年度に得た判断自体は極めて正当であったことが、モンテーニュ研究を続けて明らかになった。他方で、「研究実績の概要」に記した二つの問題ーーモンテーニュ研究を通じて初めてその具体相に触れることになった二問題ーーが予想を大きく越えて広く、また深いものであることに気付いたのは実に今年度の研究進捗の過程においてであった。いずれも中途半端に切り上げてよい問題ではないため、『モンテーニュー魂の軌跡』完成ともども、まだ時間が必要となることは避け難い。 結果的に、デカルトによる自由意志論をライプニッツ経由でドイツ観念論へと辿る作業に再度着手することはできなくなるかもしれないが、それでも、現在遂行中の研究と執筆が、そのための基礎作業であることに変わりはない。基盤をより堅固にし、本研究当初の予定よりも射程の長い研究を実現するための過程を踏んでいるという意味で、研究自体は「おおむね順調に進展している」ものと考えている。 以上のように、今年度は思想史探索の蓄積と思索のための年度であり、その結果としていわゆる成果物としての論考や発表はないが、そのことに消極的な意味合いはないという点も付記しておきたい。
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今後の研究の推進方策 |
モンテーニュのモノグラフ執筆を通して上に述べた二つの問題に取り組むことを基本方針とする。同時に、より射程の長い系譜学構想を実現するために、現代のいわゆる英米分析系哲学による自由意志論ないし行為論を、アリストテレスの倫理学および古代ストア派の自由意志論に突き合わせながら、検討する作業も開始する。前者に関しては G. E. M. Anscombe による『Intention』を、後者に関しては M. Frede による『A Free Will』を最初の素材として、すでに検討に着手している。
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次年度使用額が生じた理由 |
既刊の自著『意志と自由』(2014年、知泉書館)をヴァージョンアップした仏語版執筆と公刊を当初の予定としていたが、すでに述べた通り、まずはモンテーニュ論を日本語で書く必要性が生じ、フランスにおける出版に関連して必要となる諸費用が発生しなかったことが、次年度使用額発生の理由である。他方、モンテーニュ論執筆にあたっては、オッカムの神学・哲学著作集を始めとして手近に必要となる文献の数は極めて多く、助成金は主にそれら文献の購入に充てる予定である。これが本研究当初の趣旨から外れた使用法でないことは、先述したモンテーニュ論の位置付けが示しているものと考える。
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