本研究の目的は、1960年代を境に大きく変化したと言われる独創的なフランス現象学思想の一群(エマニュエル・レヴィナス、ミシェル・アンリ、ジャン=リュック・マリオンなど)を宗教哲学の高度な発展形態と捉えつつ、そこに顕著に表れた二元論的構成に着目することで、20世紀フランスを中心とした宗教哲学思想の見直しを図る点にある。最終年度となる今年度は、フランス宗教哲学との関連を意識しながらもドイツ哲学にまで考察の射程を広げ、二元論的思潮の奥行きを検証する年度となった。 (1)日本ミシェル・アンリ哲学会で発表した「肉への二つのアプローチ」では、「肉」という内在的な身体概念を軸としてアンリとマリオンの現象学思想を比較し、とりわけこの二人の現象学者が肉の思考に基づいて展開しているエロス論の異同を論じた。そこでは、マリオンがアンリの現象学的方法から引き継いだ点を再確認すると同時に、現象概念の構成と性愛関係の捉え方に関してマリオンの思想には現象学的二元論を逸脱するような側面があることを示した。 (2)『実存思想論集』上で公表した論文「意志の中の情感性」では、ショーペンハウアー哲学における「意志」と「表象」という世界の二元性の問題を、アンリの現象学的二元論に結びつけて再解釈することを試みた。アンリ自身が歴史上最も重要な哲学者の一人と目するショーペンハウアーの哲学を考察することは、生の現象学のもつ意義を検討する上で有益であるため、今後も継続的に両者の比較論に取り組んでゆく予定である。 (3)昨年度の学会発表の内容をもとにした論文「反逆のメシア」では、エルンスト・ブロッホの宗教哲学におけるメシアニズム理解の二元論的構成を、ブーバーやショーレムとの対決を通して明らかにした。この論考は、ヴェイユのマルキオン主義に関する以前の研究を踏まえており、本研究のもっとも重要な成果であると考えられる。
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