2021年度にはコロナ禍がまだ続いていたが、既に1年間本課題を延長していたので、できる限り区切りをつけるために精力的に活動した。結果として、研究の焦点が禍(不幸)と福(幸福)の区別の可能性とその区別の含意の検討という論点からは少しずれてしまったが、正と負両方の側面を含む福利と個人的価値について、本研究の課題となっていた問題について業績を出すことができた。 論文「福利主義をのりこえて――個人的価値主義と福利の位置づけ(2)」においては、主体に相対的な価値としての個人的価値 personal valueと福利 well-beingをどう区別するかという問題に一定の回答を提示した。そのうえで、福利だけでなく単なる個人的価値をも倫理的に考慮に入れるけれども、両者に違う意義を与えうるような規範的立場を擁護した。 論文「個人的価値についての自然主義的実在論」では、個人的価値性質について、一定のもっともらしい前提をおけば、経験科学による探究が可能なものとして実在するという立場を擁護した。この立場に対して提示されうる反対論についても検討して退けた。 学会発表「個人的価値についての主観説と、「個人間比較」の可能性」では、個人的価値について主観説をとると、その個人間比較や個人間集計が不可能になる(あるいは、それが無意味になる)という趣旨の様々な懸念について検討した。主観説によると個人的価値が依存するはずの心的状態の「量」について、私たちが他者のそれをどれほど正確に知ることができるのか、という実際的な問題と、その問いを調べる際の方法論的問題は難しいものであるものの、個人間比較や個人間集計が原理的に不可能であるとか無意味であるという議論は支持されない、と論じた。本発表は、2022年度に論文として公表する予定である。 今後、昨年度までに出したものを含めて、本研究課題の成果を一冊にまとめて公表したい。
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