本研究は、従来の国内外の研究ではほとんど未着手の状態であった金朝初・中期の道家道教思想史の実態を解明することを目的とした基礎研究である。 中国近世道家道教史上の最大事は、いわゆる「新道教」の一つである全真教が金朝後期において誕生したことである。そのため、従来の金朝道家道教研究のほとんどは金朝後期の全真教を対象とするものであった。しかし、全真教を中国道教史、あるいは中国思想史上に正確に位置づけるためには、全真教が成立する前の金朝道家道教思想史の具体的景観が解明されなければならない。 こうした状況を打開するためには、「新道教」成立以前の金朝初中期の道家道教の全体像を、全真教から離れてより広い視野から俯瞰する必要があった。そこで、金朝初中期に於いて何が問題とされていたのかを整理する意味で、詳細な「金朝道家道教思想史年譜」を作成した。併せて、最終年度は「金朝道家道敎石刻等資料箚記」を執筆し、これらの作業により、金朝初中期の道家道教思想の全体像を実証的かつ客観的に検証した。 一方、全体像を俯瞰するのみでは個々の思想が持つ個別性が削ぎ落とされる危険性を伴う。そのため、全体像の俯瞰を踏まえた上で、金人の撰であることが明らかにされている道家道教文献を具体的に検討し、その編纂者を取り巻く思想史的状況を明らかにした。最終年度は「寇才質『道德真經四子古道集解』初探」を執筆した。これらの論考は「年譜」と併せて報告書としてまとめた。 これらの研究成果により、金朝初中期の道家道教を中国道家道教思想史・中国思想史全体の中に改めて位置付け、北宋→金という継承、金と南宋との関わり、北宋・金初中期→金後期・全真教という展開を具体的事象に基づいて跡付ける一程度の見通しを立てることが出来た。
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