研究課題
ヴェーダ祭式文献の成立はB.C.1200頃まで遡ると考えられる。宗教,思想の歴史はもとより,当時の人々が如何に世界を理解し,共同体の維持,拡大を図り,異部族との交渉,共存或いは衝突に臨んだか,という人類社会の展開をも辿りうる,世界最古の資料の1つである。本研究では,その中のヤジュルヴェーダ諸学派が伝えるマントラ(祭詞,祝詞。B.C.1000頃)を取り上げる。当派は他の3ヴェーダ学派に先駆けて祭式整備を意図した文献編纂に着手し,精緻な神学議論の基盤を築いたと考えられる。その過程と各学派の影響関係及び独自性とを解明する為の出発点となる知見の提示を目的として,最古層に当たるマントラ集の訳注研究を新月祭・満月祭に焦点を当てて行う。また,これに付随して行う学派間の平行関係の精査を通じて,マントラ研究の方法論構築をも目指す。2016年度は,2回の招待発表を行った: リエージュ大学(ベルギー)で開催された国際シンポジウム "To the Sources of the Indo-Iranian Liturgies" において,"On the first mantra section of the Yajurveda-Samhita: Preparation for milking, or grazing of cows?" を発表し,ヴェーダ祭式研究とイラン学とが相互の発展に寄与しうる知見の共有と議論を行った。また,郡山女子大学で開催された第58回印度学宗教学会では,課題研究「儀礼と社会」において「ヴェーダ文献に辿る『祭主の人生』」を,京都大学人文科学研究所の研究班「ブラフマニズムトヒンドゥイズム」(班長 藤井正人教授)の研究会において「Daksayana祭が示唆するもの ―祭式の整備と社会の変化-」を発表した。
2: おおむね順調に進展している
計画以上に進展している部分と,遅れている部分とがある。当初2016年度内に予定していた計画のうち,テキストの批判的確定,ローマナイズド・テキストの作成を終え,2017年度分も半分以上終了している。翻訳および注解はいくつかの問題点が解決途上であるが,2017年度に予定している作業と併せて進め,一定の結論に到達しうる見込みである。
2016年度内に残った問題点を整理,検討しつつ,2017年度の作業を進める。テキストの批判的確定,ローマナイズド・テキストの作成,翻訳,ならびに注解を,新月・満月祭の本祭当日の供物の準備から祭場設営までを対象とする。マントラの解釈が断片的なものになってゆくため,式次第の再構成という点で困難が予想される部分はあるものの,解明しうる点と課題として残すべき点とが明確になる形での叙述を心がける。後代の祭式綱要書は,ある種の「マニュアル」として編集された背景が有り,式次第についても明瞭な叙述形式を取るが,マントラ集の編纂当時とは500年ほどの開きがあると考えられる。従って,マントラ集の意図する式次第は,祭式綱要書当時の整備,定式化を経た後の式次第とは必ずしも一致しないと判断される。式次第再構成の際には,祭式綱要書に過度に依拠することを避ける必要がある。マントラ集が想定する祭式のあり方と,ブラーフマナ,祭式綱要書がそれぞれ想定する祭式のあり方とは,相互に異なる点を含んでいる。それらは,各文献が編集された時代を反映したもので有り,祭式の整備と即応しつつ文献編纂が行われたことを強く示唆する。本研究課題においては,文献発達史と祭式整備の過程とがリンクしている点にも留意しつつ,精査を進める。
3月の旅費確定後に予算を執行することが困難であったため。
ヴェーダ学関連図書の購入費用に充当する。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件)
印度学宗教学会『論集』
巻: 44 ページ: 印刷中
Religions (Presses Universitaires de Liege)
巻: - ページ: 印刷中
Vedic Sakhas: past, present, future: Proceedings of the Fifth International Vedic Workshop, Bucharest, 2011
巻: - ページ: 227-250