研究課題
本研究は、今日の上座部仏教の起源となったスリランカ仏教の先行研究が抱えていた方法論的問題を解決するために、パーリ文献・考古資料に加えて、スリランカに関連する漢訳仏典を網羅的に調査し、中世スリランカ仏教を研究することを目指している。これまでパーリ文献に基づく上座部大寺派の研究と、主に考古資料に基づく大乗仏教(無畏山寺派・祇多林寺派)の研究のいずれかに偏っていた研究方法を是正し、新たにスリランカに関連する漢訳仏典を全面的に取り上げて分類し、訳者・訳文・他文献との対応関係という三点から調査・分析して、中世スリランカにおける仏典の伝承状況を解明するため、漢語資料の調査が本研究において重要な役割を果たす。今年度、その成果は、スリランカにおいて四世紀頃に編纂された『島史』が如何にして成立したのかを解明した「スリランカにおける史書の誕生」(『東方学』第133輯,pp. 1ー14,2017年1月)、および、パーリの小部の成立について漢訳資料が豊富に残る説一切有部の小蔵との比較研究によって論じた「小部の成立を再考する――説一切有部との比較研究」(『東洋文化研究所紀要』第171册,pp. 129ー174 (L),2017年3月)として発表した。さらに、スリランカ研究の副次的成果として、近代においてパーリ語を学んだ日本人の第一世代に当たる釈宗演のスリランカへの留学について「釈宗演のセイロン留学――こうして「大乗仏教」は始まった」(『図書』4月号、岩波書店、2017年4月)として発表予定である。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の計画以上に進展していると判断した理由は、以下の四つである。第一に、漢語資料の調査のために米国プリンストン大学東アジア学部に長期滞在することを希望していたが、幸いにして、訪問研究者として受け入れてもらい、2017年4月から7月までまとまった調査をすることができたため、研究が予想以上に進展した。第二に、漢語資料との比較研究を踏まえて、スリランカにおいて四世紀頃に編纂された『島史』成立状況を調査しようとしていたが、プリンストン大学滞在中に成果をまとめることに成功したからである(「スリランカにおける史書の誕生」『東方学』第133輯,pp. 1ー14,2017年1月)。第三に、サンスクリット写本やチベット訳もあって、これらも利用したが、漢訳資料が圧倒的に多く残っている説一切有部の文献の漢語資料を調査し、パーリ小蔵に当たる仏典集成の説一切有部における位置を解明した上で、上座部大寺派におけるパーリ小蔵の成立を解明した(「小部の成立を再考する――説一切有部との比較研究」(『東洋文化研究所紀要』第171册,pp. 129ー174 (L),2017年3月)。第四に、スリランカ研究の副次的成果として、近代においてパーリ語を学んだ日本人の第一世代に当たる釈宗演のスリランカへの留学について調査し、日本語・英語における「大乗仏教」という概念の形成を明らかにしたからである(「釈宗演のセイロン留学――こうして「大乗仏教」は始まった」『図書』4月号、岩波書店、2017年4月)。
今年度は、カナダのトロント大学で開催される国際仏教学会(International Association for Buddhist Studies)の学術大会で発表する予定である。すでに申し込みが認められ、発表が正式に決定した。研究としては、初年度に網羅した漢訳スリランカ仏典のうち、重要だと思われるものを選んで、解読作業を進める。漢訳仏典では優れた校訂本としてすでに「大正新脩大蔵経」があるが、近年、国際仏教大学院大学の落合俊典教授を中心に古写本の研究が進んでおり、読解に当たって貴重な情報を提供するため、これら古写本研究はできるかぎり集めて、最新情報を参照する。訳文については、デジタル・データベースを用いて訳語を分析するJan Nattier(A Guide to the Earliest Chinese Buddhist Translations: Texts from the Eastern Han and Three Kingdoms Periods, 2008)の研究方法を応用し、同一訳者の文体を意識して読解に当たる。さらに、漢訳スリランカ仏典をパーリ文献、サンスクリット文献、ガンダーラ文献、チベット訳文献と比較する作業を行う。たとえば、『雑蔵經』(T17, no.745)は、法顕がスリランカからもたらした文献であるが、この文献がパーリ文献の小部に収録される諸経典とどう対応し、相違するのかを分析する。現存の小部にまったく対応がない場合、大寺派の文献ではないことが確認される。その場合、無畏山寺や祇多林寺のような上座部他派の文献である可能性と、『五分律』と同様、化地部のような他部派の可能性とがあろう。これらの可能性も念頭に置いて、比較研究を遂行する。
今年度におけるプリンストン大学での旅費が大学の経費によって支払われたという状況において、来年度に海外出張が増えて、トロント大学における国際仏教学会での発表など、旅費が増えることが予想されるので来年どのために節約した。
2017年度は、7月にインドのレーでの口頭発表の後、インドでの資料調査をし、8月にトロント大学における国際仏教学会で発表をする予定である。これらの旅費に今年度のあてがいたい。また、中国で出されているパーリ写本叢書を2016年度の物品費と2017年度の物品費を合わせれば購入が可能になると予想している。
すべて 2017
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 謝辞記載あり 2件) 図書 (1件)
東方学
巻: 133 ページ: 1-14
東洋文化研究所紀要
巻: 171 ページ: 129-173