研究課題/領域番号 |
16K02166
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
馬場 紀寿 東京大学, 東洋文化研究所, 助教 (40431829)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | language ideology / Pali / Theravada / Mahavihara / Sri Lanka |
研究実績の概要 |
本研究は、今日の上座部仏教の起源となったスリランカ仏教の先行研究が抱えていた方法論的問題を解決するために、パーリ文献・考古資料に加えて、スリランカに関連する漢訳仏典を網羅的に調査し、スリランカ仏教を研究することを目指している。これまでパーリ文献に基づく上座部大寺派の研究と、主に考古資料に基づく大乗仏教(無畏山寺派・祇多林寺派)の研究のいずれかに偏っていた研究方法を是正し、新たにスリランカに関連する漢訳仏典を全面的に取り上げて分類し、訳者・訳文・他文献との対応関係という三点から調査・分析して、中世スリランカにおける仏典の伝承状況を解明するため、漢語資料の調査が本研究において重要な役割を果たす。 今年度は、カナダのトロント大学で開催される国際仏教学会(International Association for Buddhist Studies)の学術大会で発表した。スリランカの上座部大寺派が、インド本土のアーリヤ語こそが生物本来の言語であるという言説を採用して、パーリ語こそが生物本来の言語であり、さらにはブッダ自身の語った「マガダ語」であると主張した歴史的過程を明らかにする“Language Ideology of Pali”と題して発表した。本成果は、スリランカと東南アジア大陸部でパーリ語が仏典原語としてひろまっていく理論的根拠を提供したものを解明した。 さらに、本年度、「上座部」を自称した大寺派が編纂した『島史』が、仏教の中心であったインドとその周縁だったスリランカの関係を逆転し、仏(聖地)と法(結集仏説)と外護者(王権)という三つの点で、大寺の僧伽を仏教世界の正統に位置づけた研究が評価されて、東方学会賞を受賞した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画以上に進展している理由は、以下の二つである。 第一に、漢訳仏典を利用したパーリ仏典の研究を進める中で、初期仏教の研究方法についても考察した。その結果として、上座部大寺派、説一切有部、法蔵部、化地部、大衆部という五部派全体で共有される教理を特定する方法に基づいて、その教理を歴史的に理解する方法を明らかにした。これらの教理は、紀元前にすでに確立していたことが確認できる。この研究成果をまとめて本年度中に出版する予定である。 第二に、スリランカ研究の副次的成果として、近代においてパーリ語を学んだ日本人の第一世代に当たる釈宗演のスリランカへの留学について調査し、日本語・英語における「大乗仏教」と「小乗仏教」という概念の形成を明らかにしたからである(「大乗仏教と上座部仏教の誕生――釈宗演が近代仏教学へ与えた影響」慶応大学アートセンターの展覧会カタログで6月発行予定)。その結論を要約すると、今日、英語であれ、日本語であれ、「大乗仏教」(Mahayana Buddhism)と「上座部仏教」(Theravada Buddhism)という呼称が仏教の分類概念として用いられているが、19世紀、近代仏教学の祖、ビュルヌフによって作られた「北方仏教/南方仏教」という二分法は、釈宗演によって「大乗仏教/小乗仏教」という二分法に言い換えられ、それが弟子の鈴木大拙により英語圏で広まった結果、「小乗仏教」という呼称に反発した人々により「上座部仏教」という呼称が作られたのである。
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今後の研究の推進方策 |
研究としては、初年度に網羅した漢訳スリランカ仏典のうち、重要だと思われるものを選んで、解読作業を進める。漢訳仏典では優れた校訂本としてすでに「大正新脩大蔵経」があるが、近年、国際仏教大学院大学の落合俊典教授を中心に古写本の研究が進んでおり、読解に当たって貴重な情報を提供するため、これら古写本研究はできるかぎり集めて、最新情報を参照する。訳文については、デジタル・データベースを用いて訳語を分析するJan Nattier(A Guide to the Earliest Chinese Buddhist Translations: Texts from the Eastern Han and Three Kingdoms Periods, 2008)の研究方法を応用し、同一訳者の文体を意識して読解に当たる。 さらに、漢訳スリランカ仏典をパーリ文献、サンスクリット文献、ガンダーラ文献、チベット訳文献と比較する作業を行う。たとえば、『雑蔵經』(T17, no.745)は、法顕がスリランカからもたらした文献であるが、この文献がパーリ文献の小部に収録される諸経典とどう対応し、相違するのかを分析する。現存の小部にまったく対応がない場合、大寺派の文献ではないことが確認される。その場合、無畏山寺や祇多林寺のような上座部他派の文献である可能性と、『五分律』と同様、化地部のような他部派の可能性とがあろう。これらの可能性も念頭に置いて、比較研究を遂行する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年の7月から8月にかけてスリランカへ調査を行うため。
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