研究課題/領域番号 |
16K02168
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
小川 英世 広島大学, 文学研究科, 教授 (00169195)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | アポーハ論 / ディグナーガ / パーニニ文法学 / バルトリハリ / ブラフマン / 言葉原理 / 異現 / ヴィヴァルタ |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、仏教言語理論として知られるディグナーガの「アポーハ論」(「他者の排除理論」)がパーニニ文法学派の言語理論に立脚して構想されたものであることを明らかにし、もって、「アポーハ論」が、パーニニ文法学派バルトリハリ言語哲学の意味論的世界展開の原理である「異現(仮現)」(ヴィヴァルタ)に比定し得る「空」の哲学者ナーガールジュナが展開した「戯論」(プラパンチャ)のディグナーガ的理論化であることを立証することである。 平成28年度は、バルトリハリの形而上学的<閃き>とナーガールジュナの「戯論」の概念の比較考察のために、バルトリハリの形而上学的<閃き>は言葉の変容態の根源である<言葉原理>(シャブダ・タットヴァ)に内在するという主張を考察し、形而上学的<閃き>とは言語化衝動とも言われるべきものであるとの予想を裏付ける作業を行った。 この裏付けの出発点をバルトリハリの<言葉原理>の概念それ自体の確定においた。なぜなら、バルトリハリ研究者の間で未だ同概念の統一的な解釈が得られていないからである。「言葉原理」という言葉はバルトリハリの主著『ヴァーキャパディーヤ』の冒頭詩節に登場する。自注ならびにヴリシャバ注を詳細に検討することから、以下のことが明らかとなった。(1)「言葉原理」の「言葉」は、原理たる根源者ブラフマンの異現としての<結果としての言葉>である。したがって、サンスクリット文法の観点からは「シャブダ・タットヴァ」は「シャブダ」と「タットヴァ」の属格限定複合語と解されなければならない。(2)<結果としての言葉>とそれと不異なる<意味>の世界である<世界>(ジャガット)は、ブラフマンの異現である。<世界>は、意味として立ち現れるとき、認識される。(3)バルトリハリにとって世界は語られる世界であり、意味の世界である。この基本理論を提示したのが冒頭詩節である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
仏教の多元的真理説(原理的には真俗二諦)によれば、世界には言葉の世界(世俗)と言葉を超えた世界(勝義)がある。バルトリハリは、言語哲学者として、言葉の世界の成り立ちを言語哲学的に考察する。彼はこの言葉の世界をブラフマンの異現とする。本研究にとって、この思想の確定は必須である。よって、平成28年度はこの確定に全精力を注がねばならなかった。予想以上にこの確定には困難がつきまとった。先行研究は、パーニニ文法学研究の視点を欠き、根本的に見直さざるを得なかったからである。しかしながら平成28年度において<言葉原理>の概念を確定し得たことは、今後の本研究の確固たる基盤の獲得を意味する。バルトリハリの形而上学的<閃き>の概念枠がこれで明確になった。
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今後の研究の推進方策 |
基本的に研究計画に変更はない。しかし、本研究課題の推進には、焦点を以下の点に絞ることが、有効であることが明確となった。(1)バルトリハリ言語哲学の考察の面では、<言葉原理>に対応する<意味原理>を検討すること。バルトリハリは、言語活動の場で立ち現れる<意味>の諸相を「意味のタットヴァ」という概念を導入することによって明らかにしている。 (2)ディグナーガ「アポーハ」論の考察の面では、彼の文の意味の理論を検討すること。彼の文の意味の理論の背景には、言語活動の場で用いられる言語単位は文であるとのパーニニ文法学派と共通の考えがあり、したがって彼は、アポーッダーラ(抽象)理論の枠組みで文の意味論を展開する。このことは、彼にとって限定関係の文の意味としての措定が必然的であることを意味する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度「外国旅費」にディグナーガ『プラマーナ・サムッチャヤ』第5章に対する注釈(『プラマーナ・サムッチャヤ・ティーカー』)のディプロマティック版の閲覧のためのウイーン出張経費を計上していたが、諸般の事情により、ウイーン出張を断念せざるを得なかった。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度に、本来の平成29年度使用計画と併せ、上記ウイーン出張を実現する予定である。
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