本研究は近世身分社会の種姓的構造を明らかにし、近世被差別民にとっての宗教の意義を検討することを目的とした。 まず、先行研究によって明らかにされてきた「宗旨人別帳」の別帳化がキリシタン政策という制度上の枠組みを超えて種姓的特質を有するようになったという近世身分制の理解を、宗教的側面である「本末帳」の別帳化(「穢寺帳」)をもとに再検討を行い、被差別寺院の本末関係の種姓的特質を明らかにした。「穢寺帳」に記載された寺院が行政上は百姓村として取扱いを受けていたことから本寺に「穢寺」としての取扱いの変更を訴え出た事例を検討し、社会的差別と本末帳の別帳化が互いに連関した身分制社会を強固にしていく社会構造が明らかとなった。とりわけ、周辺寺院および「共同体」の社会的視線が本山レベルでの裁定の重要要素となっている状況を示した。社会的視線を要因づけていたものが本末関係を中心とする種姓的身分観であったことが明らかとなった。 次に、属性としては「穢寺」ではない被差別寺院の上寺が社会的差別を受けていた事例を検討し、社会的視線を要因づけていたものが浄穢観念と結びつく種姓的身分観であったことが明らかとなった。明治期になり、社会的差別から逃れるために本末関係の解消と共に寺地移転を行う事例から、身分外身分としての被差別寺院の位置が明らかとなり、近世身分社会の種姓的構造の基盤が「共同体」にあったことが確認できた。 以上の検討から、浄穢観念と結びついた種姓的身分観が社会的差別の根幹をなしていることが明らかとなった。近世身分社会における〈役〉〈共同体〉〈職分〉などの身分規定要因に加えて、浄穢観念と結びつく種姓的身分観が「共同体」に存在することが近代以降の差別残存の要因と考察した。さらに、この構造を信仰的に克服するため、貴種を宗教上において求めようとする近世被差別民の身分志向が確認できた。
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