一般に、キリスト教というと西洋の宗教というイメージが強い。確かにキリスト教は、西欧において発展し、世界に広まってきた。しかし、キリスト教は、本来、アラム語世界(より広く言えばセム語世界)のただ中で生まれたものであり、そのアラム的性格は決して失われてはいない。その意味で、アラム語の一方言であるシリア語を母語とするシリア・ キリスト教の文化的、思想的解明は、キリスト教の本質理解にとって極めて重要である。しかしながら、今日に至るまでシリア・キリスト教の研究者の数は、国際的にも限られており、わが国においても本格的な研究は、まったく進んではいない。 本研究は、その欠落を補うために、シリア語で書かれた様々な文書の研究と邦訳などを通してシリア・キリスト教の特質を明らかにすることを目的としたものであった。海外の大学への調査も行い、その成果は、すでに国際シンポジウムにおける研究発表「シリア語訳聖書 - その歴史と意味」や論文「シリア・キリスト教徒たちの見たイスラーム勃興」として公にした他、今後、出版が予定されている『キリスト教大事典』のいくつかのシリア関連項目の執筆も行った。また、シリア・キリスト教の優れた研究書の翻訳やシリア語原文からの初の邦訳となるシリアのエフライムの『楽園讃歌』、そしてアフラハートの『論証』 の部分訳と注解を完成させ、現在、出版の準備をしている。シリア・キリスト教の思想は、まだ多くの人に知られていないだけではなく、その評価においても、あくまで西欧の視点に立った偏ったものがほとんどで、修正がなされねばならない。 今後は、シリア・キリスト教思想の特質について更なる研究を進めるとともに、シリア・キリスト教思想家の著作のシリア語原文からの翻訳により、シリア・キリスト教の示唆に富み、豊かな世界についての紹介も積極的にしていきたいと考えている。
|