本研究の目的は、フィンランドの作曲家ジャン・シベリウス(1865~1957)の自筆譜や日記、書簡類などの一次資料、および最先端の研究成果を調査し、これまでとは異なる見地から彼の音楽を再評価すること、ひいては西洋音楽史におけるこの作曲家の芸術的業績を適切に位置づけることである。 本研究ではシベリウスの一次資料および最新の研究成果を踏まえ、彼の主要作品の成立過程、表現手法や作曲技法を解明しつつ、同作曲家の創作活動全体に新たな光を当てた。さらに、当時のフィンランド社会を覆っていたナショナリズムの動向(右傾化した社会状況、対ロシアの政治体制)や、20世紀初頭の西欧諸国の音楽潮流にも目を向け、シベリウスがそれらの動向や潮流をどのように受け止め、いかにそれを乗り越えたのか、最終的に彼が目指した音楽はどのようなものであったのかを明らかにした。 円熟期以降のシベリウスは、シンフォニックなジャンルでナショナリズムの動向を乗り越え、いわゆる「国民楽派」と呼ばれる音楽的アイデンティティに依拠することなく、独自のスタンスで創作活動を展開していった。研究の最終年度では、交響曲第7番(1924)に着目し、その成立過程の調査と作品分析を行い、晩年のシベリウスが到達した表現世界を明らかにした。 本研究によって、従来のステレオタイプ的な「フィンランドの国民的作曲家」、「孤高の作曲家」という極度に単純化された作曲家像を乗り越え、新たなシベリウス像を形成することができた。
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